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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第10章  恋敵誘拐事件 〈Ⅶ〉  
351/587

逃走中


 いつものように、ひとり街で《いきなり青空占い》と《即席診療所》を一緒に開いていたカイルは、たった今、やっとの思いで仲間たちのいる宿へと駆け戻ってきたところ。突然、制服姿の男たちに囲まれて、訳の分からないことを必死の形相ぎょうそうで言われたので、思わずその場から逃げ出してきたのだ。


「た、たた、助けてっ!」


 そう血相を変えて帰ってきたカイルに、ギルはまず長いため息をついてみせた。この少年がこんなふうに取り乱したことといえば、ニルスの呪われた離宮で化け蜘蛛ぐもを見た時くらいである。※


 宿のその部屋にいたのは、今はギルとエミリオ、そしてシャナイアの三人だけだった。ほかの者は朝から出掛けている。


「今度は何が出たんだ?」と、ギルはきいた。

「わわ、分からない! なんか・・・変なこと言ってる。」

「はあ?」


 そこでギルは、ドア越しに近づいてくる複数の気配を感じ取った。

 気配は部屋の前で止まった。そして静かに耳をすますと、続いてノックの音が。

 それは丁寧に響いてきたが、相手はこちら側にカイルしかいないと思っているのか、何やら困っている様子でいきなり話かけてきたのである。


「そこの少年、何とぞ話を聞いてくだされっ。」


 ギルはカイルを見つめながらドアに歩み寄り、ノブに手をかけた。


「ああっ、ダメだよ!」


 そう言われても、気になって仕方がない。怪訝けげんそうにカイルを見つめたままのギルは・・・結局、ドアを開けた。


「ダメだってばあっ!」


 するとそこにいたのは、そろいの制服を着た五人の男。


 カイルはあわてて下がり、エミリオをたてにして隠れた。


 ところが、ある理由からここで両者 ―― ギルと男たちのリーダー ―― は唖然あぜんとなる。


 だがすぐに男は気を取り直して、先に礼儀正しく挨拶をした。それから彼は名乗り、そして、自分たちはこの国の王家に仕える家来だと説明を加えた。


 それに対して、ギルもごく自然な態度で、例によってギル・フォードという偽名を使い、ただの旅人であることを伝えた。


「まあ・・・どうぞ。」


 男たちを中へ通したギルは、そのままテーブルの椅子へ案内した。リーダーの男だけがその椅子に座り、ギルも向かいの椅子を引いて腰掛けた。


 男は、とりあえず話ができそうなギルに向かって、さっそく事情を説明し始める。


 シャナイアが気を利かせて、水を入れたコップを一つテーブルにそっと置いた。もちろん、男のために。それに軽く頭を下げた男は、彼女が続いて部下たちにも同じものを振る舞ったのを見ると、許可するという意味でうなずいてみせた。ずっと走ってきたこともあってのどが渇いていた男たちは、遠慮もせずにそれを飲み干した。


 窓が開いていて外の騒音がしていたので、静かな落ち着いた声で話す男の声は、同じ部屋にいても、ほかの者たちには少々聞こえづらい。


 ギルの背後から少し離れたところには、不安そうな顔で様子をうかがっているカイルがいる。まだエミリオを盾にしながら。


 そしてある時、そんなカイルを振り返って、ギルは顔をしかめた。


「いいんですか・・・あれで。」と、ギルは言った。


「ええ、非常に似ていらっしゃる。今日一日だけなら、誰にも分からないでしょう」


「いや、でも・・・どうかな・・・少し間が抜け・・・じゃなく、声や雰囲気で分かってしまうのでは・・・。」


「今、何てっ。」と、カイルもつい詰め寄った。どさくさ紛れに人のこと何だって?

 

 だが、冗談好きのギルであっても、その顔は少しもふざけてなどいない。

「ほんとにいいんですか?」と、ギルはカイルに手を向ける。


「だから何 ⁉」


 二人が些細ささいなもめ合いをしているそのうちに、部下の一人がさりげなく寄ってきて、リーダーのかたわらにひざをついた。


「しかし本当によいのでしょうか。いらっしゃるのは、あのビアンカ王女なのですよ。」


 その部下は慎重に、極めて目立たないよう、そんなことを囁きかけた。


「だからではないか。わざわざ王女が時間をお作りになられて、お一人でいらっしゃるのだぞ。もし王子がいないとなると、ビアンカ王女をどうなだめたらよいのか。王女は一度泣き出したらなかなか・・・。」


 そこでリーダーは、一緒に目を向けてくるギルとカイルの視線に気付いて、咳払せきばらいを一つ。

「あ、いや、これは失礼・・・。」


 黙って様子を見ていただけのエミリオも、さすがに声をかけずにはいられなくなる。

「ギル、いったいどういうことなんだい。」


「ああ・・・カイルがこの国のライカ王子とそっくりだから、しばらく王子の身代わりになって欲しいそうだ。何でも大事な来客が来るとかでな。」

 そこで口に手を当てたギルは、カイルの耳元で声をひそめた。今、向かいに座っているその男に聞かれると、きっと不審ふしんがられるからだ。

「だから、この国に入る前に言っといたろ。注目されるかもしれないが、気にせずいつも通りに振る舞え。それで恐らく混乱は避けられるって。」


「ああっ、それでみんな僕のことジロジロ見てたんじゃあっ。もう、説明 おこたらないでよ!」


「ご本人は・・・?」と、エミリオ。


「お恥ずかしながら・・・。」

 男は肩をすくめた。


「逃走中。」と、ギル。






※ 第6章『白亜の街の悲話』― 「40. 巨大蜘蛛」







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