話がある
それからしばらくすると、急いで向かってくる複数の人影が見えた。
ディオマルクは頬を緩め、胸を撫で下ろした。そのうちの二人はギルとシャナイアである。
その四人は威嚇する意味で剣を振り回しながらやってくると、中断された戦いの中にそのまま加わった。エミリオ、レッド、そしてリューイに三人が分かれて加勢し、一人はディオマルク王子たちのもとへ。
そこでリューイについたギルが、足や顔に切り傷を負わされているのを見て唖然とした。
「リューイ、お前また素手でやり合ってるのか。喧嘩じゃないんだぞ。」
「こっちのが楽なんだ。けど、待ってたぜ。」
敵に切っ先を向けたまま、レッドはシャナイアの全身をさっと見回した。どうやら五体満足のようだ。
「お前、どこも何ともないのか。」
「ええ、キースとギルのおかげで・・・ちょっと、変な想像しないでちょうだいねっ。」
「じゃあ黙ってろ。」
そして、エミリオに軍兵らしく敬礼をしてみせた男は、敵の方へすぐに体を向けて剣を構えた。
「私はセルニコワの兵士です。遅くなり、かたじけない。」
「無事だったのですね、よかった。」
一方、ディオマルク王子たちについた一人は、抜き身の剣を握りしめている王子を見ると、驚いて目を疑った。王子が護衛としてついて来ているなど思いもよらなかったからだ。そもそも、ディオマルクは強引にこれに同行している。
だがディオマルクには、目の前の男が何者であるのかピンとこない。
「そなたは・・・。」
「ディオマルク王子 !? 私はセルニコワの兵士です。まことに・・・まことに申し訳ございません。」
これを聞いたファライアやカイルも驚いた。だが同時にほっと吐息をつきながら、ディオマルクに視線を向ける。
ディオマルクもうなずいて、安堵の笑みを浮かべた。
「生きておったのだな。よい、訳は存じている。」
一旦、キースのおかげでしばらく収まっていた戦いは、中佐と呼ばれている指揮官のがなり声によって再び火蓋を切った。
「ええい、何をしている!さっさと仕留めんか!」
ところが、敵の部隊は一斉に腰を引きながら目をみはった。先ほどまでは、それでもどこか苦しそうだった彼らの動きが、この時から驚くほどリズミカルなものに変わったからだ。
エミリオが重い刃広の剣を自在に操り、ギルが豪快な力強い動きで大剣を打ち下ろす。レッドが神がかった早業を容赦なく繰り出し、シャナイアが素早い流れるような身ごなしで細剣を振るい、リューイが強烈な足技の連打を鮮やかにきめまくる。
彼らが加わったところで、数のうえではまだ圧倒的に有利であったにもかかわらず、ラマイスタの兵士の中から見る間に重傷者や死者が続出した。形勢は、またもいっきに逆転したのである。まさに無敵。二人一組になったことで完全に隙が無くなり、回り込もうとすればただちに反応されてしまう。
敵の部隊のあいだに戦慄が走った。今やラマイスタ側は、その圧倒的な強さの前に手も足も出ない様子で恐れおののいている。
その中でたった今リューイに痛めつけられた男は、胃のあたりを押さえながら指揮官のもとへ駆けて行った。
「ち、中佐、このままでは・・・。」
「怯むな、一斉にかかれ!」
その部下、さらにはほかの隊員たちを苛立たし気に怒鳴りつけるラマイスタの指揮官。
しかし実際、苛立っているのは、自身の頭にも敗北がチラついているからだ。後から加わった四人、いや、四人と一頭のおかげで完璧な二重の守りとなり、難攻不落の鉄壁が出来上がってしまった。こうなると、もはや数の優劣など全く関係が無くなるということに、どんな部隊のトップもすぐに気付く。たった三人の戦士でも、倒すどころか、その隙をつくことさえ出来なかったのだから。しかも加勢に入ったうちの一人、長身で弓の名手と見受けられた男の強さも嫌というほど確認済みである。もう切り崩すのは不可能とラマイスタの指揮官は悟った。だが、それを認めて引くわけにはいかない。任務は絶対だ。全うせずに、おめおめと帰れる場所など無いのである。
そんな最中、剣を振りかざしてリューイのそばを離れたギルが、常に戦いの外側にいて指示を出していた、その仏頂面の指揮官に向かっていった。
対して、男も冷静に剣を引き抜いた。敗北も相手の強さも分かってはいるが、中佐という肩書きは伊達ではない。
二人は激しく打ち合った。
俊敏な身ごなしと達者な剣さばきで、攻撃は阻まれ続けた。腕の傷の痛みにも邪魔をされた。だがギルには目的があった。よってわざと剣を放されないようぶつけていき、上手く互いの武器が合わさったところで、タイミングよく相手を蹴倒した。そして心臓めがけて剣を振り下ろすふりをしながら、手を止める。
思わず観念して固く目をつむった男は、自分がまだ息をしているということに気付いて、恐る恐る瞼を上げた。鋭い剣先が胸の真上で止まっているのを見て、さらに視線を上げていく。
ただの付き人とも兵士ともつかない、得体の知れぬ若者の ―― 殺意が感じられない ―― その目と、目が合った。
戦いは、これを機に中断された。
「ずいぶんと諦めが悪い・・・もう分かっているんだろう?」
呆れ混じりでありながら、ギルは低い厳しい声でそう言った。それから右手の剣を引き、すっと左手を差し伸べたのである。
男は顔をしかめ、不可解そうにギルの目を見上げていたが、差し出されたその手を払い除けると、自ら背中を起こした。
「殺せ。おめおめと戻るわけにはいかぬ。」
男は地べたに胡坐をかいて言った。
「話がある。」
「話?」
ギルはうなずた。そして、「ディオマルク王子。」と、声を張り上げて呼んだ。




