形勢逆転
「くそっ」
レッドは死体を足蹴にどかしながら舌打ちした。
一時は切り抜けられるかと思われたその時、やはり分かれていた他の部隊が加わってきて、形勢が一気に逆転したのである。
一方、縦横無尽に振り回していたエミリオの大剣は、今は二つの剣と絡み合っていた。幅広の剣身で、下から二つの片手剣をしっかりと受け止めている。体格のいい二人分の体重がのしかかってはいても、英雄エミリオ皇子の腕力はそれと拮抗していた。そこへ脇からまた別の攻撃。エミリオはいっきに二つの剣を跳ね上げてヒラリと飛び退き、横合いから繰り出された剣先をかわす。続いて振り下ろされた剣を受け流し、刹那に反撃をしかけた。その一人を倒したあと、エミリオは素早く最初の二人に向き直る。完全に構えきっていないところを狙われたが、一人の胸を斬り裂き、二人目には腕に深手を負わせた。
そのとき不意に、ファライア王女たちの方へいける道が甘くなっていることに、エミリオは気付いた。リューイがつい状況を忘れて離れて行ったのだろう。周りの敵をも意識しながら、エミリオは急いでそこへ向かう。
そのリューイは、敵を数人引き付けながら走っていた。そしていきなり飛び上がった次の瞬間、横に伸びているヤシの幹をつかんで回転したリューイの両足が、追いかけてきた最後の敵の後頭部にきまった。すると狙い通り、巻き添えを食らった何人もの敵がバタバタと地面に突っ伏した。
リューイが着地すると同時に、今度は背後から大上段に構えた一人が襲いかかる。息つく間もない。舌打ちしながらサッと避けたリューイは、逆に男の背後へ。男があわてて向き直った時には、リューイの片足はもう攻撃態勢に入っている。ガタイのいい相手の脇腹や顎に、見事なバランスで蹴りの連続技をきめたリューイ。最後に顎を蹴り上げられたその男は後ろにのけぞって倒れ、口から泡をふいて動かなくなってしまった。
そのあともリューイには四方から次々と襲撃がしかけられる。長剣を握り締めて一斉にかかってこられるので、丸腰のリューイは手技以上に足技を駆使するほかない戦いになった。
レッドもまた、厳しい多勢に無勢の戦いに臨んでいる。血飛沫をあげて地面に転がった死体を飛び越えるようにして走り出したレッドは、右手だけでさっと握り替えた剣を水平に投げつけた。敵の一人が隙をついて戦いからすり抜けるのを見たからだ。レッドの投げた剣はまともにその男の背中をとらえ、男は背中に剣を立てたまま前のめりに倒れこむ。それを見届けることなく戦いに向き直ったレッドは、次いで三人の男に一本の剣で応戦した。
連携してしかけてくる敵の攻撃を、レッドはそら恐ろしい腕の動きで全て跳ね返している。一人目の眉間を斬りつけ、体勢が崩れたところを素早く攻めるレッド。相手は武器を放り出してのた打ち回ったが、その男に背を向けるや、一人の胸を容赦なく斬り裂き、もう一人は刺し貫いて瞬く間に片づけた。
エミリオとレッドが成り行きで背中合わせになり、そこへバク転をしながら一旦リューイが戻ってくると、ここで並んだ三人は形勢を立て直した。剣豪や達人といえど、さすがに息があがり始めている。
遥かに上回る戦闘員の数を強みにしていたラマイスタ側も、簡単にはいかないことを悟ってこのあいだ一時引いているが、敵は今や全てが一つとなり、不意打ち狙いで身を潜めている部隊も、待機して出番を待つ援軍もない。この最後のチャンスに、総攻撃を全力でぶつけてくるのである。それに応戦するには、エミリオもレッドも、そしてリューイも、全力で駆け回らなければならなかった。
「まだ来るぞ。リューイ大丈夫か。」
そう言ったエミリオの口調は、戦う時のただ勇ましい人格にすっかり変わっている。
「お前の方へ大勢行くぞ、剣を持ってねえから。」
レッドが横目にリューイを見て言った。
「なんだ、そういうことか。あいつらまたナメやがって。」
そう答えたリューイは獣のような雄叫びを上げ、もう自ら果敢に敵の中へ飛び込んで行った。
レッドとエミリオも再び向かって来る敵をそれぞれ相手にしながら、互いの距離を空けていく。
激しい剣戟音が辺りにこだまする。
そうして戦いが再開された、数分後のこと。
何か黒い影が疾風のごとく敵のあいだを走り抜けたのである。
「キース!」と、いち早く気付いたリューイが声を上げた。
「キース・・・。」
敵と武器を打ち合わせたままレッドは思わず一瞥。
そしてエミリオは、目の前の敵を倒すや来た道を振り返った。
「ギル・・・。」
突然現れた黒い影は、まさしくキースだ。キースには戦闘中だろうが関係ない。幾つもの刃のあいだを平気で通り抜けて、ただ親分のもとへ行かっている。
「な、なんだ!」
「うわっ、ヒョウだ!」
と、忽然と現れた猛獣に敵の方は大混乱を起こしたが、指揮官の怒声が一発でそれを制した。おかげでリューイを取り囲んでいた敵の輪は、いつの間にやらキースによってすっかり散り散りに砕かれている。
「キース、お前はあっちだ。」
ディオマルク王子たちの方へ視線を向けながらそう指示されたキースは、敵の誰もが怯えながら見つめる中を、またはばかりなく駆け抜けて行く。
一方、キースに気づいたディオマルクもまた、つい敵を警戒することも忘れて木々の間に目を凝らしていた。
「ギルベルト・・・。」




