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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第9章  同盟国ダルアバスの王子 〈 Ⅵ〉【R15】
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理想の君と


 ギルは眠る前に、また相棒のことを考えた。


 そういえば、あいつとは女性をどう扱うかや、恋云々(うんぬん)の会話をしたことがない。あいつでも、こんなふうに情熱的になったり、理性があやふやになることがあるのだろうか・・・。想像できるのは、裸になって一緒に寝てやるくらいだが。あとは、せいぜい髪を撫でながら時折ときおり優しい言葉をかけてやるくらいで・・・。


 そうして、いつの間にか眠りについたギルだったが、一時間もしないうちに目が覚めた時、それにつれて、初めは朦朧もうろうとして何か分からなかった音が、すぐにすすり泣きの声だとはっきりした。


 ギルは驚いて、勢いよく真横に首を振った。そこにはシャナイアの背中があったが、そのなめらかな肩は小刻みに震えているし、かすかな嗚咽おえつも聞こえた。


「・・・どうした?」

 ギルは戸惑いながら、そっと声をかけた。


 それでも驚かせてしまったのか、その瞬間、震えていたシャナイアの肩が一瞬びくっと動いた。


 ギルは恐る恐る問う。 

「何か・・・まずいことでもしたか?」


 シャナイアはすぐに首を振ったが、そのあと小声で言った。

「今まで何人抱いたの?」と。


 ギルは呆気にとられた。そして、黙って背中を起こした。

「何が言いたいんだ。」


 シャナイアは一瞬だけ肩越しに振り返ったが、ギルと目が合っておきながら、また背中を向けていじけてしまった。


「不足でしょ? 私なんて・・・しとやかでもなければ、優雅でも華麗でもないんですもの。」


「な・・・あのな、君が俺のことを好きだと言ってくれるなら、俺が好きな君であるならいいだろう。それがどうして、しとやかで優雅で華麗でなきゃあいけないんだ?それに、君がそうじゃないって誰が言った。」


「でも、あなたはやっぱり大帝国アルバドルの皇子だもの。私なんて・・・。」


「怒るぞ。」


 ギルは深々とため息をついた。本気で言っているのだろうかと、正直首をかしげる思いだった。彼女は息を呑むほど美しく、素晴らしく、むしろこっちこそ上手くしてやれたか不安で自信を無くしかけたというのに。


 暖炉の火は小さくなり、ランプの弱々しい明かりの方が際立きわだっていた。朝はまだ訪れず、隙間すきまだらけのここには冷気が漂っていた。だが激しく降り続いていた雨はいつの間にか止み、屋根を叩きつけていた雨音あまおとは消えて、外は静寂せいじゃくすぎる夜に包まれている。


 身震いを感じたギルは、上掛けをシャナイアの肩の上までしっかりと掛けなおしてやり、それから立ち上がって、先ほど脱ぎ捨てたバスタオルを腰に巻いた。それから暖炉の方へ行き、細かい燃料をくべて、また燃え上がった炎を見つめながら、そこに腰を下ろした。


 ギルは簡素な寝台を振り返ることもなく、しばらくそうしていた。


 これまで何人・・・というより、何回女性を抱いただろう・・・と、ギルは考えた。そう多くはないはずだが、いちいち数えることでもないので、それが例え片手で足りるほどであっても明確に覚えてなどいまい。ただ、そうした彼女たちには申し訳ないが、今夜ほど解放的な夜はなかった。訪問先の王族や、上流貴族の淑女しゅくじょたちの、ただ綺麗なだけの肌に興奮したことなどなかった。そっけなく思われても仕方がないほどだった。これまでどの相手に対しても、その行為をする時には必ず、心のどこかに義務的なものがついてまわったからだ。


 それに比べてシャナイアは、その全てが、まさに渇望かつぼうしていたもの、憧れ、求めていた理想の女性。確かに、抱きすくめたその体は痛ましいほどにきたえられて、少し野性的ではあったが、それも、そして、そのいじらしささえもまた魅力でしかない。しかも、それでいて密着した肌の内側からは、にじみ出すような女らしさも、じゅうぶんに感じられた。彼女は、飢えていた心と体を満たしてくれる全てを持っている。


 なのに、どうしてそう卑屈ひくつになれるのか・・・。


 そんなことを考えながら、炎の前に座り込んでいるギルの耳に、やがて、ためらいがちな足音が聞こえた。その気配は、無言のまますぐ後ろで止まった。


 ギルが肩越しに少しだけ顔を向けると、やはり、胸から無造作むぞうさにシーツを巻きつけ、胸元を押さえて軽くすそつまみあげている彼女がいる。


「やあ、女神様・・・。」


 ギルはいつもの調子でわざとおどけて言ってみせたが、シャナイアはただ黙って隣に座り、しかられた少女のように小さくなって、ギルの腕にもたれかかった。


「確かに俺は、これまで何人かとそういう関係になったことはある。だがな・・・」


 シャナイアの肩に腕を回したギルは、目の前の炎を見守りながら言った。


「愛してる・・・なんて伝えたのは、たった一人だからな。」


 それから首を向けて、ギルはシャナイアのうるんだ瞳をのぞきこむ。


 シャナイアは少し赤くなった顔で、はにかんだ微笑を返した。


 笑顔で応えてくれたことに安心して、ギルはまた衝動に駆られながらも、今は優しくキスを迫った。素直に受け入れてくれたら・・・。


 そのあとギルは、シャナイアを抱いてベッドで眠った。少し興奮しているせいで寝つけなかった。やっと叶った嬉しさのあまり。だから、彼女の寝顔を見つめてそっと囁きかけた。


 いつか、このまま・・・ 夢に描いた理想の君と・・・。










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