煉瓦小屋の一夜 ― 2
意識が宙を漂うような状態だった。
だが最後は忘れず彼女の髪を撫で、ほほ笑みを浮かべて額に接吻を。それから限界がきて肘をついたとたん、ギルは隣に崩れ落ちた。
シャナイアは、今、仰向けに寝転んだギルの上に体を預けた。
シャナイアがこれまで心を許すことのできた相手は、みな自分と同じく傭兵で鍛え抜かれた男ばかりだった。ギルは仮にもアルバドル帝国、君主の息子という高貴な身分。それなのに ―― あるいは、だから ―― 刃広の大剣を自在に振り回すことのできる強い力を持ち、そのうえ背筋の盛り上がりにまで逞しさだけでなく色気さえ感じる。
それなのに、余裕がない・・・だなんて可愛いことを言うものだから、思わず積極的になっちゃった・・・。
そんなギルの体にシャナイアはついうっとりとし、その誘い込むような表情がまたたまらず、ギルも見惚れて呆然となった。
「とても皇子様とは思えないわ。」
シャナイアはギルの肩に頬をすり寄せてつぶやいた。
「何が?」と、彼女の背中に両腕を回してギルはきいた。
「だって・・・。」
「ああ・・・。」
今、裸で抱き合っているという状況を考えれば、察しはついた。体つきのことだ。
「レッドやリューイには負けるよ。」
ギルは歪んだ笑みを浮かべ、素直な口ぶりで答えた。
「あの子たちはそういう生き方してきたから当然だけど・・・。」
「俺の場合は、幼い頃から父親に鍛えられていたおかげだな。父はもともと兵士だったんでな。馬や弓の扱い方など、いろいろ教わったよ。戦い方も・・・。俺には、エミリオの体格の方が不思議だがな。あいつ、いつから鍛えてたんだろう・・・。あの体は、正真正銘、何年もかけてつくり上げてきたものだ。俺たちにひけをとらないのが、その証拠だ。」
「そうよね。だって皇子様ってゆうのは、普通はずっと周りに守られて宮殿に・・・」
言おうとして、シャナイアはハッと言葉を呑み込んだ。そして、小さな暖炉が懸命に炎を上げているだけの、この粗末な煉瓦小屋の中を見回して、突然、痛切な気持ちに駆られた。
確かに彼は手馴れていた・・・と、シャナイアは気付いた。巧みだし、丁寧に快楽へと連れていってくれる。彼はきっと、皇宮などの豪華な寝室で、何度もこういう行為をしてきたのだろう。
そして相手は・・・。
一方ギルも、シャナイアの言葉にハッとしていた。エミリオは、周りが守りきれないほどの危険に子供の頃から晒されていたのか・・・。だが、それに真っ先に気付いたのは、恐らく皇帝ではないだろう。護身として剣術を学んでいるのは当然だが、あの強さは普通じゃない。だとすると、大佐か将官クラスの誰かが、いち早くエミリオの行く末を予測して、あいつを鍛え上げてきたということか・・・。
ギルはシャナイアを大切そうに腕に抱いておきながら、しばらくそう違うことを考えていたが、ふと、シャナイアが途中で黙り込んでしまったということに気付いた。
「シャナイア?」
「え・・・。」
彼の声に驚いたというように、シャナイアは顔を上げた。そして、無理に作り笑った。
「何を言おうとしたんだい。」
「忘れちゃった・・・ごめんなさい。」
あどけない表情でそう言ってみせた彼女に、ギルはこれまでで最高の微笑みを返した。
「愛してる・・・やっと言えた気がするよ。」
ギルはシャナイアの頭に手を回して、また一つ軽いキスをした。
彼の言葉は正直嬉しかったが、乗り気にならなくなったシャナイアには、それもまたいかにも手慣れた感じに思えて、嫌な想像と悲しみを煽られるばかり・・・。
シャナイアは、ギルの肩に頭をつけてしがみついた。それに応えるようにギルは笑顔を向けてやり、亜麻色の髪を撫でた。だが二度だけだった。それだけで、ギルはほどなく、その稀な青紫の瞳を閉じてしまった。




