命綱
ハッと目を向けた者たちは、何が起こったのかを見て危うく息の根が止まりそうになる。
落石だ・・・!
それを想定して縄に余裕をもたせてはいたが、とっさに飛び退いたシャナイアは、成す術もなく激流の中へと投げ出されてしまったのである。
だが頼みの綱がある。見事、冷静に縄をしっかりと握りしめたギルの反射神経のおかげで、命綱という対策を無駄にせずには済んだ。なのに、足を踏みしめればそこがたちまち崩れだしたため、体勢を立て直すだけで精一杯で引き上げることができない・・・!
エミリオもレッドも、そしてディオマルク王子や従者たちもみなどうしようもなく慌てたが、誰もむやみに動くことはなかった。下手に手助けしようものなら、かえって問題を増やすことにもなりかねないからだ。
この状況で手を貸しに向かえる者は、ただ一人。
「リューイ、頼む!」と、真っ先にレッドが叫んだ。
「分かってる!けど・・・。」
すぐにでも飛んで行きたいリューイは、ハラハラしながら見守っていた。まだ全員が渡り終えていない。早くそこを空けてくれと急かすわけにもいかず、焦る気持ちをグッとこらえた。
「シャーナ!」
ミーアが泣き叫んで、レッドにしがみついた。
「カイル、さあ早く、気をつけて。」
エミリオは安全な場所に足をつけるや、振り向いてカイルの手をとった。
「ああぁ、早くどかなきゃあっ。」
カイルもエミリオに手を引かれて無事に渡りきった。
ギルは焦った。少しの負荷でも崩れたことを思うと、ここの足場は予想以上にもろくなっているのではないか。
ギルは急いで周囲を見回し、そして見つけた。そうだ少し後戻りすれば、広い岩棚がある。あそこなら足を踏みしめられる。だが逆流だ。もう少しロープを短くして軽くすればいけるか。
そう思い、ギルは縄を握り締めている左腕を、もっと胸の前まで引き寄せる。右手を動かして、どうにか二、三重ほど絡ませた。
ギルは少しずつ、そうして縄を短くしながら慎重に動いて岩棚まで戻ろうとするが、腕に幾重も巻きつけた縄は、流れに逆らっているせいもあり強く引っ張られて皮膚をじりじりと締め上げ続ける。骨をゆっくりと折られていく拷問のようなこの痛みに、思わず悲鳴が飛び出しそうになる。だが本当に怖いのは、まさに折れてしまうことだ。頼むからもってくれ・・・そう祈りながらギルはかたくなに耐えて、一度、もう一度と自身に鞭打ち続けた。
ギルは歯を食いしばり、さんざん痛めつけられて血の気が失せ始めた自分の左腕に、さらに二回縄をかけた。その時、腕をひねって少し工夫をし、すぐには縄がほどけなくなるようにしていた。
だがその手を急に放して、ギルはとっさに断崖の隙間につかみかかった・・・!
痛みに一瞬気を抜いた拍子に、いっきに体を持って行かれそうになったからだ。間一髪、激流に引き込まれずには済んだが、代わりに絶叫を上げることに。縄が解けにくくなるようにしたおかげで、ここぞとばかりに強まった引力を左腕ひとつで受ける羽目になってしまったのである。
「ぐああっ・・・!」
しまった・・・!と、ギルはその悲鳴を一瞬でかみ殺す。シャナイアにこの苦痛を気付かれまいと。だが、どう考えても絶望的な状況で、腕を震わせながらも諦めないその姿は無駄に苦痛を長引かせるだけとしか思えない。これ以上とても見てはいられず、シャナイアは死ぬことも厭わなくなった。




