危険な細道
この日は、半分賭けに出た。昨夜からの雨のせいで、予定している峡谷の道に不安ができたからだ。砂漠地帯に降る雨は砂礫の地表を滑りおりて洪水をもたらすことも珍しくない。土石流の危険もある。だが、峡谷の入口付近の状態が悪くなかったこと、多少の落石はリューイによって回避できることから、あえて裏道を行く決断をしたのだが、谷間の危険ばかりに気をとられたのは迂闊というしかない・・・。
それというのも、増水して白波立っている恐ろしい川の流れが、すぐ目の前に立ちはだかっているのである。
「参ったな・・・見事に橋が流されちまってる。」
ギルが大きなため息をついて言った。
川沿いの断崖に沿って蛇行しているこの下流には、地図によれば一つ大きな橋がかかっていることになっている。そして、ここにも橋がある・・・はずだった。
無くなっていたのだ。
主要ルートではないためか、この場所に架けられた石橋がたいしたもので無かったのは、わずかに見られるその残骸から容易く想像がつく。
「どうする?見ての通り大荒れだぜ。この川は危険だ。」と、リューイ。
「そこの岩山を下流の方へ超えた先に、もう一つ橋が架かっているらしいが・・・大きな橋だし、流れもここよりは緩くなっているだろうから渡れるとは思うが・・・だいぶ引き返すことになる。」
あらためて地図を確認しながら、エミリオが言った。
ここまでは地層がむき出しになっている谷間を進んできて、やっと開けた場所に出たところだった。周りは岩山に囲まれ、対岸には、これまでより群生しているヤシの森がまた続いている。この川を渡って、その中を進んでいく予定でいたのだが、この一筋の激しくごうごうと荒くれる濁流の川にぶつかって、途方に暮れることに・・・。
「ああ、それに・・・もし向こうも危険を承知で刺客の一部をあえて寄越していたら、戻るとなると、まあ普通に出会うだろう。そうなれば・・・わかるよな。」
レッドは抜けてきた谷間を振り返った。
生き残った僅かなダルアバスの兵士たちも、難しい顔をして黙り込んでしまった。ただでさえ不利な戦況で、時間だけでなく体力を余計に使っているぶん精神的にもきつい。
「でもほかに道なんてないじゃない。引き返さなきゃあ無理よ。」
「なあ、言おうか言わないでいようか迷ってたんだけどさ・・・あの岩山伝いの細い道なら、行けそうじゃないか?・・・俺は行けるが。」
シャナイアの声を聞きながら、リューイはためらいがちにそちらを指差した。
リューイが提案したルートは、一歩間違えればたちまち転落するだろう崖の細道。その幅は大人一人がどうにか歩けそうなくらいのものに見受けられる。真下は今にも足をとられそうな激流で、バランスを崩すほか落石なども考えると、これもまた、かなり危険な賭けだ。
「川べりギリギリだな。実は、俺も考えていた。」と、やや思案してから、レッドも心ならず うなずいた。「それなら、戻ってそこへ行くよりも遥かに近道にはなる。追っ手と鉢合わせる心配もないだろう。」
これまで誰も口にはしなかったが、その突破口には周囲を見渡せばすぐに気がつく。
「やはり、それしかないかな。」
迷いながらもギルも応じた。
「どうしますか、殿下。」
エミリオもどこか賛同しきれない様子でうかがう。
「・・・そなたらの判断に従う。」と、ディオマルク。
「ちょっと待って、ちょっと待って!あんなの足踏み外したら、あっという間に流されちゃって終わりじゃないかあっ。」
カイルだけが一人はっきりとそう猛反対したが、この場においてリーダー格の三人―― レッド、エミリオ、ギル ――がよくよく相談したところ、覚悟を決める結果となった。
そうと決まれば、一刻も早く実行に移して先を急ぐまで。
彼らは相談しながら二人一組になり、縄で互いをつなぎ合わせた。ただし、相手を支えられないミーアや王女、カイル、そしてシャナイアと組んだ者たちは、自分の方が転落する事態になった場合には命綱を手放せるよう、腰に結び付けることをしなかった。
キースが先頭に立った。気休め程度にしかならないと分かってはいても、せめてもの対策として先に行かせた。キースは一見、危なげなく歩いて行く。次に、リューイがファライア王女を気にしながらついていった。そうして次々とあとに続き、最後尾にいるのはギルとシャナイアである。
すぐ眼下に、目が眩みそうな勢いで流れている濁流が見える。つい先ほどからまた雨もパラつき始めている。足元が崩れはしないかと、誰もが増して慎重に一歩また一歩と足を踏み出している。
そして、ようやくゴール地点を確認できるところまで来た。
やがて、リューイとファライア王女に続いて、レッドとミーアも岸にたどりついた。王女とミーアはバランスを崩す心配が最もされていたので、レッドもリューイも冷や汗をぬぐい、ひとまずホッとした顔を見合わせる。このまま全員が無事に越せそうだと思った。
その時 ―― !
聞こえたのはゾッとする轟音と、そして不吉な水音・・・!




