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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第9章  同盟国ダルアバスの王子 〈 Ⅵ〉【R15】
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幻術


 腰を下ろしたカイルは、また急いで精神統一に入る。操霊そうれい術から精霊術に変わったことを肌で感じたカイルがこの時しようとしているのは、相手が仕向けてきた精霊群せいれいぐんを逆に手懐てなずけて、解放することだった。そのため、それらの気をひこうと一心に呼びかけている。もう、どんな声もかけてはならない状態である。


 一方、剣が利くものがやってくるかどうか分からないが、ほかの者も念のために身構えている。まだ視界が見えているうちにラステルの遺体を離れた場所に安置したリューイも、急いで仲間のそばまで戻ってきた。その間にも、この不自然な霧はどんどん濃くなっていく・・・。


「王子、ファライア王女とミーアを頼みます。」


 ギルは辺りに注意を払いながら言った。この感じ・・・襲ってくるのは精霊による超常現象か、魔物か。それともまた、生身なまみの・・・。感覚を研ぎ澄まして警戒することしかできない自分たちには、次元の違う読めない恐怖が真っ先に襲ってくる。それはミーアも経験していることだ。


「承知した。」


 うなずいたディオマルはファライアをさらに抱き寄せ、今はレッドにしがみつくことができないでいるミーアにも優しく手を伸ばした。


 やがて怪しい動きで迫ってきたのは、人影らしきものや獣のようなもの、それに何か形の定かでない気味の悪いもの。そばをすり抜けるようにして、あとから後からやってくる。だが襲い来ることがない。そのため、ギルやレッドは用心して下手に手を出さなかったが、エミリオがこれをすぐに見極めることができた時、兵士の一人が無闇むやみやたらに剣を振るいだしたのである。


 腕をつかんで止めさせたエミリオは、声を張り上げてみなに警告した。

「これは幻影だ。剣を使えば共倒れになる。」


 幻影・・・つまり実際には存在しない、まやかし。


「無害なのか・・・?」

 ギルがきいた。


「私も詳しく学んだわけではないんだが……集まっている精霊のマナからみて……下級の幻術と思われる。それには攻撃力はともなわない。カイルには問題なく片付けられる程度のものであることだけは、確かだ。こちらに強力な精霊使いがいるという情報までは、幸いつかまれずに済んだようだね。」


「なら、おとなしく待つか。」


 そのうち互いの居場所もよく分からないようになってきて、そうかと思うと、あっという間に濃霧のうむの中ひとりたたずんでいるような状態になってしまった。


 その異様な霧の中で、リューイはあからさまに顔をしかめている。


「・・・けど、まだ次々なんか出てくるぜ。素手なら手ぇ出してもいいか?」


「おいリューイ、お前、俺のそばにいたろ。殴ったらやり返すからな。」


 レッドの声がした。


「お前らのとばっちりだけはごめんだぞ。喧嘩になったら迷惑かけるな。」


「誰にも止められないしね。」


 ギルに続いて、シャナイアの声も聞こえた。


 軽口かるくちも早々に止め、カイルがこの異常な空間を正常に戻すその時を、誰もが固唾かたずを呑んでじっと待った。


 ひとりおごそかに呪文を唱え続けるカイルの声だけが、しばらく続いた。


 どこかにいる敵側の術使いによる幻術は形を変え、それからも様々な不快なものを見せてきた。そのせいで思わず手を出さないようリューイなどはとうとう目をつむったが、冷静でいられる者たちの目には、着実に霧がはれていく様子がわかった。霧が薄くなるにつれて、幻影も鈍くいびつな、はっきりとしない弱々しいものになっていく。向こうの術使いに操られながらも、より強いカイルの声に気づいた精霊ものから解放されて、身を引いている。そういう状況であることは。


 見ていれば分かる・・・か。なるほど、とディオマルクは感心させられた。


 そうして異様な霧が消え去ると、おぼろげなランプの灯りの中に、自然な人影が浮かび上がった。


 カイルが静かに立ち上がった。

 

「終わったか。」

 レッドが声をかけた。


 カイルはうなずいて応えたが、うかない顔をしている。


「うん・・・終わった。でも、もう一つ・・・ラステルさんを昇天させてあげなきゃあ。彼、まだそこにいるから。」

 カイルは、ひどく落ち込んだ顔で一同を見つめているその魂を見上げた。


「もう説明はいいだろう。こういうわけです。」

 ギルがディオマルクに言った。いっそのこと開き直ってしまおうかと思う、もはやテキトー過ぎる言葉遣いだ。


「話に聞いてはいたが・・・なんと、このような少年がとは・・・。」


 ディオマルクは、まこと信じられないといった顔でカイルを見ている。ギルは、以前の自分を見ているようだと思いつつ、そんなディオマルクに目を向けていた。


「王女、ラステルはあなたを見ていますよ。とても申し訳なさそうに・・・。」


 ファライアは、エミリオが目で示してくれたところを見た。そこは虚空だったが、ファライアは躊躇ためらいもせずに、顔を向けたまま微笑みかけた。


「ラステル、どうか気にしないで。あなたは何も悪くない。これまでよく尽くしてくれたこと、本当にありがとう。」


 ラステルの霊は顔をくしゃくしゃにしたあと、ひたむきに頭を下げ続けた。


「それじゃあ・・・。」とカイルがそっと声をかけた。


 例によって右手を額に当てるような動きをしたカイルは、そのまま目を閉じて黄泉への道しるべを始める。静かでありながら戦っていた先ほどとは全く違う、穏やかな優しい声だ。


 そのあいだ、ほかの者もおのずと黙祷を捧げている。


 そうして、ささやかなとむらいを終えた一行は、居場所を知られたに違いないため野営場所を変えることにした。この襲撃のあいだに降りだした雨が次第に強くなっているようだったが。









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