表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第9章  同盟国ダルアバスの王子 〈 Ⅵ〉【R15】
330/587

操霊術



 空をただよう雲の切れ目に一番星が現れ、辺りが暗くなってきたかと思うと、間もなく夕闇に包まれた。一行いっこうは、背の低いヤシの木が群生ぐんせいしている方へ無理に分け入り、小川の方へ下りて行った場所に見つけた洞窟を今夜の寝床に決めると、手際てぎわよく夕食を取った。


 あとは眠るだけとなった今は、見張りの兵士と、水を汲みに行った一人以外の者はみな集まって、静かに体を休ませている。


「ラステルがまだ戻らぬようだが。」


 洞窟の入口から外を見ていたディオマルクは、見張りが交代するタイミングで戻ってきた兵士にそうたずねた。ラステルは、水を汲んで来るよう頼んで小川の方へ向かわせた近衛騎士このえきしだ。


 それを聞いていたギルも首をひねった。

「そういえば、水を汲みに行ってからだいぶ経つな。こんな暗がりで泉でも探してるのか。」 


「カイル・・・。」


 突然の緊迫した声に、その場が静まりかえった。


 声を上げたのは、エミリオだ。


「うん、分かってる。今度こそ僕の出番みたいだね。」


 カイルとエミリオは、ディオマルク王子のわきを通って外へ出た。


 灯りは身のまわりを照らす程度にとどめられ、砂漠地帯に生息する夜行性の生物の気配もわからず、風も吹かない夜。暗くてほとんど見通すことができなくなったヤシの群落ぐんらくから、うるおう川の水音だけをかすかに聞きとれる。

 

 やや虚空こくうを見上げたカイルは、そのまま首を右に左にゆっくりと動かしている。なにかを探るようにして。


 それをディオマルクは不思議そうに見ていたが、やがて声をかけずにはいられなくなった。

「なにを・・・している?」


「あとで説明します。見てれば分かるけど・・・。」


 不安になったファライアが兄に駆け寄り、ギルとレッドも警戒しながら外へ出た。経験上、こういう時にはカイルのそばにいた方が無難だ。そう分かっているリューイも、そしてシャナイアもミーアの手をとってあとに続いた。その行動につられるようにして、ほかの者たちもひとまず洞窟の外へ。


「みんな・・・来るよ。」


 カイルのその言葉は合図でもあった。エミリオ、ギル、レッド、リューイ、そしてシャナイアの五人が、急に険しくなった顔でサッと身構えたのである。


「何が起こるというのだ。」

 ディオマルクが驚いて問う。


「俺にもはっきりしたことは言えないが、とにかく周りに気をつけてください、殿下。何がどこから出てくるか・・・分からない。」


 今は気持ちに余裕がなく中途半端な敬語でそう答えてから、ギルはただ唖然としているだけの兵士たちにも鋭い声で命令した。


「ほかの者も用心しておけ。」

 

 その時、ギルが持ち出したランプのおぼろげな明かりの中に、人の姿をしたものが入ってきた。その恰好かっこうは水汲みに行っていたラステルのようだ。


 だが目を向けた瞬間、ディオマルクはゾッとした。


 うつむいて生気せいきがない・・・。


「お兄様、ラステルが戻ってきましたわ。ラステル、早く ―― 。」 


「待て、ファライアッ!」 

 あわてて手を伸ばしたディオマルクだったが、不意に離れた妹の手をつかみそこねた。


 まさに精神統一に入る矢先 ―― 。


「その人はダメだよ!」 


 怒鳴るようなカイルの声が響いた。

 

 ラステルがファライア王女に武器を向けたのと、ほぼ同時の出来事だった。だが、いち早く異様なものに気付いていたエミリオがすでに動いていたおかげで、間一髪、様子がおかしいラステルの動きをはばむことができた。王女の腕を引き寄せながら、エミリオはラステルが突き出した剣を弾き返していたのである。すると、ラステルは狂ったかのように豹変。とたんに身をおどらせ、獣のように王女に襲いかかろうとしたのを、今度はリューイが素早く取り押さえた。


「リューイ、そのままその人をしっかり捕まえてて。」

 ラステルのひたいの前に指を走らせながら、カイルは黄泉よみの呪文を唱える。


 にごった眼で絶叫を上げるような顔をしたラステルは、ほどなくぐったりとうなだれて動かなくなった。


 羽交はがい絞めにしているラステルの体が、たちまちズシリと重くなる。彼の体重をそっくり持ち上げているような気がして、リューイは戸惑いながら顔をのぞき込み、そしてカイルに目を向けた。


「お、おい、カイル・・・。」


「その人は、戻ってくる前から死んでたよ。殺されて・・・魂を操られてた。」

 カイルはつらそうに目を伏せて告げた。


「なんてひどいことを・・・。」

 震える声でそうつぶやいた妹に、ディオマルクが両腕をそっとまわした。ラステルはファライア王女と歳が近く、近衛騎士の中では最も若い従者だった。


「シャナイアが偽物にせものってだけでなく、王女の居場所までバレたな。」

 レッドが苦い表情で言った。


 その時、枝葉えだは隙間すきまからポツリポツリと落ちてきた雨。さらに足元は何か異様にひんやりとし始め、ギルやレッドは剣のつかに手をやりながらも、これから始まる戦いはカイル一人のものになる・・・と予感した。


 そのカイルは、やはり険しい顔をくずさない。嫌な気配をひしひしと感じているように見える。


 まだ続いているこの緊張感の中、今度は青白い霧状のものが暗闇の中から忍び寄るようにして現れた。それは水音がする方から生き物のようにすうっと伸びてきて、見る間に当たり一面を染め始めた。


「早く、向こうの呪術を絶たなきゃあ・・・。」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ