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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第9章  同盟国ダルアバスの王子 〈 Ⅵ〉【R15】
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命にかえても


 噴水ふんすいえ間ない水音が柱廊ちゅうろうに囲まれた中庭から聞こえてくる。ギルに手を引かれて、シャナイアは月光が射しこむその小さなバラ園に入っていった。


「まあ、ここにはさっき来なかったわ。」


「だろうと思った。きっと、空中庭園の方へ案内されたんじゃないかとね。」


 シャナイアは首をめぐらして、白や淡い色の花びらばかりでいろどられているバラ園を眺め回した。風の影響を受けにくい小さな中庭ということもあってか、灯りは低いはしらにランタンをかけたような蝋燭灯ろうそくとうがポツポツと立っているだけ。


「綺麗だわ、綺麗・・・とても。ここにはたいした照明はないけれど、この自然さがきっといいのね。もしかして、それで私を?」


「ああ。君は女性だから、興味もあるだろうと思ったんだ。それに、派手な大庭園よりも、奥ゆかしいここの方が君に似合いそうだったから。」


「口が上手ね。にくらしいくらい。」


「考えてしゃべっちゃいないよ。」


 ギルのそばを離れたシャナイアは、水音がかすかに聞き取れる噴水の方へ向かった。その少しあとからギルもついて歩いた。


「本当はどんな色をしているのかしら。昼間ならもっと美しいでしょうに。」


「だが、この方が神秘的だ。月明かりに照らされた花々。ほら、あの白バラをごらん。散りばめられたしずくが光り輝いて、ともすれば妖艶ようえんな美しさでさえある。」


「ほんと、うっとりしちゃう。あ、ねえ見て!」


 噴水を見つけたシャナイアは、そばのフェンスから伸びているつるバラが噴水のふちにまでっているのを見て、嬉しそうに近づいて行った。そこで上品に足をそろえてふちに腰をおろしたシャナイアは、小動物を見つめるようなほほ笑みを浮かべて手元のバラに見惚みとれている。


「ねえ、ほら。来て。」


 ところがギルは一歩も動かず、ただ恍惚こうこつとした顔でたたずんだままだ。


 月光で輝く水面を背後に、青白い光の中で、淡いバラに囲まれている亜麻色の髪の美女・・・まさしくあでやかな美しさ・・・ああ、すごくいい。


 シャナイアは首をかしげた。

「・・・ギル?」


「ああ、いや・・・あまりにも綺麗で。そこにそうしていると、君はまるで愛と美の女神だ。」

 そんなセリフが、意図いとせずギルの口をついた。


 彼の言葉としては珍しくもなかったが、いつになく真剣な表情と口調で、そんなセリフを恥ずかし気もなく言ってくるとは。シャナイアもさすがにドキッとした。いつもなら調子のいい笑顔と声で口にするようなことなのに。


「あ、あら、ありふれた口説くどき文句。でもいいわ、それでも。」

 シャナイアは少しはにかんだ顔で、フフ・・・と笑った。


 それがさらに、ギルの目にはたまらなく可愛く映った。理性が飛ぶかと思ったほどだ。


「シャナイアッ。」


 不意に名前を叫ばれたシャナイアは、反射的にギルの目を見上げる。すると驚いている間に手を引かれて立ち上がり、彼のもう片手が腰にからみついて、手を握られた方の腕は自然に背中へ回されていた。


 シャナイアは人形のように固まってしまった。なのに鼓動こどうはドキドキとうるさく、たちまち体も火照ほてりだしたが、こんなに大胆に抱きすくめられては腕を動かすこともできず、最初声も上がらなかった。


「え・・・な、なに?」 


「君は必ず俺が守る。何があろうとも守ってみせる。だから・・・」


「だ、だから?」


「身代わりになってくれ。」


「・・・・・・は?」


「いや、その・・・実は・・・。」


 ギルは理性を保つことに気をとられていたこともあり、続いて単刀直入に説明してしまった。


 つまり、勝負に負けて引き受けたのだと。


 夜風がすうっと吹き抜けていくあいだ、シャナイアの顔がみるみるムッとしたものになる。


「何よそれ、信じらんない!」


 シャナイアは強引に身をよじって、居心地の悪くなったギルの抱擁ほうようから逃れると、大股でさきさき歩き出した。それを、ギルもどうにか取りつくろおうとあわてて追いかける。


「だから私を誘ったのね、嘘つき!私を落として、そして言うこときかせるために、軽はずみにあんな・・・!」


「違う!それは違うぞ!」


「もう、知らない!」


「シャナイア、誤解だ、待ってくれ。」






 ファライアは首をひねっていた。それから振り返って、窓越しに再び兄を手招く。

「いらしてお兄様。様子がおかしくなりましたわ。」


 ディオマルクもまたソファーから立ち上がって、再度バルコニーに出た。そして、そこから下をのぞいて、あわてふためいている情けのない男を確認。


「おや・・・それは困ったな。結局、余が参らねばならぬのか。」

 





 シャナイアは、ちょうどその二人が眺め下ろしている方へと、真っ直ぐに進んでいる。ギルが懸命に腕をつかみ取ろうとするのをあらっぽく振りほどきながら。


「どこも行きやしないわよ、一人で歩きたいの、先に戻って!」


「シャナイア!」


 ギルはめげずに、また彼女の腕をとった。今度はそのまま勢い任せにたぐり寄せる。そのあまりの力強さにはかなわず、シャナイアはギルの腕の中で子供のように暴れだした。


「放して!放してったら、もうっ!あなたなんて ―― っ 」


 突然、頭に手を回されたかと思うと、唇で口を塞がれた。


 生温なまぬるくて、心地よくて、甘い・・・。


 え、キスされたの・・・!?


 シャナイアは混乱して、すっかり無抵抗になってしまった。なのに、腰に絡みついたたくましい腕は、長い接吻くちづけの間に次第に力を増して、少し萎え始めた体をぐいぐいと締め付けていく。シャナイアは驚いて目を瞬いたが、その情熱的な抱擁ほうように不覚にもとろけてしまい、心をなだめすかされてしまった。


 それでもギルは腕をほどこうとしなかった。まだ足りなくて・・・だから、彼女のなめらかな肩とくびれた腰をいつまでも強く抱き締めているまま、神に誓った。


「俺が守る・・・命に代えても。」

 









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