欺けぬ仲
また一人、美人でオリーブ色の瞳が魅惑的な侍女について行きながら、ギルは、美しい鍾乳石飾りのアーチが連なる通りを抜けた。そしてそのまま、中庭を囲う二階の回廊をまわって、この御殿でいちばん見晴らしのよい場所へと向かう。自分一人だけが連れ出される理由を、ギルはあえて聞こうとしなかった。
そうしてギルは、やがてディオマルク王子の部屋の前まで案内された。
「殿下、お連れいたしました。」
ノックのあとに、侍女がそう恭しく声をかけると、間もなくドア越しに王子の返事があり、そのあと中へはギルだけが通された。
「失礼します。」
広々としたその部屋の色鮮やかな黄色の壁には、鳥や草花をモチーフにした見事な模様が描かれている。ギルにとっては、懐かしい場所だ。
窓際の椅子に座っていたディオマルクは立ち上がって、客人を迎えた。
「呼び立ててすまぬ。久しくしておったが、そなたとぜひまた勝負がしとうなってな。」
ディオマルクはそう言いながら、優雅な手の動きでギルを奥へ誘った。
「・・・と、仰いますと・・・。」
ギルはおずおずと演技しながら、一応しらばっくれてみた。
「知らぬと申すか。なるほど、余の双眸は節穴と。」
「王太子殿下、誠に恐縮ではございますが・・・その、お言葉の意味が・・・。勝負でしたら、私ではとてもお相手になりません。どうかほかの者を。」
「それは残念だ。今宵の懸け物はもう決めておったのだが。では力づくで我がものにいたすとしよう。いや実に美しい。あの輝くばかりの美貌は、ぜひとも手に入れたい。まずは邪魔されぬよう優位に立ちたかったが、正々堂々そのような勝負というのもなかなかに楽しめそうだな。そなたには受けてたつ理由がござろう。」
その瞬間、ギルの顔つきが変わった。
「それは、エミリオのことを言っておるのか・・・ディオマルク。」
ディオマルクはニヤリ・・・と笑みを浮かべる。
「ギルベルト・ロアフォード・ルヴェス・アルバドル。帝国アルバドルの皇太子、ギルベルト。相も変わらず不可解な男だ。」
ギルは深々とため息をついてみせた。
「やはり、そなたは欺けぬか。」
「だが、そなたが有り得ぬ真似をしておるおかげで、さすがに余も戸惑わずにはいられなかった。確信を得てもな。」
「確信か・・・なぜ見破れた。」
「なぜ・・・だと?」と、ディオマルク。「そなたも、もはや開き直っていたではないか。地声で話し、雰囲気も包み隠さず。晩餐会の席にいたのが、皇子としてのそなたではなく、余の前で見せるギルベルトとしてなら何ら変わりはない。」
そうなのか・・・と、ギルは思い返してみた。ディオマルクの前で、あそこまで軽い態度を取った覚えはないつもりだったが?
「さて・・・何ゆえ皇子ともあろう者が、それにあるまじき行動をとっておるのだ。連れの者たちは変装した従者とも思えぬ。よもや遊行に赴いたわけではあるまい。」
「話しても、恐らく理解できぬ。それより、私に受けてたつ理由があるとはどういう意味だ。」
「いらぬ手間をとらせるでない。」
「では、早々に退出するとしよう。今の私がこの部屋にいること自体、無意味。これ以上のやりとりこそ、いらぬ手間というものだ。」
「よかろう。そなたは、余が、今宵あの佳人を寝室に招き入れても構わぬと申すのだな。」
「悪いが、その仲間たちと共に、そろそろ失礼させていただく。御馳走になった。手厚いもてなしに感謝する。」
女癖の悪さは相変わらずかと呆れ、ギルはいきり立ってディオマルクに背を向けた。
「待たれよ。そなた、帰国する意思はあるのか。」
「なぜ私が、このような不可解な行動をとっているか。ただの悪ふざけと思ってくれても構わぬ。一つ言っておくなら、これは城の者・・・いや、アナリスと、その夫となるべき男以外の者には告げずにしたことだ。」
「その男に全てを託したのだな。では、二度とそなたと勝負はできぬのか。そなたに慈悲があるのなら――」
「彼女を懸け物としている以上、その勝負に臨むわけにはいかぬ。」
ギルはそのままドアへ向かった。
「気を鎮められよ、ギルベルト。余が愚かであった。あれは本心ではないのだ。いや、全くそうとは言えぬが。とにかく目的は別にあるのだ。彼女を貸していただきたい。」
「貸して・・・? 何にしても断る。それに、あいにく彼女は私の何というわけでもないのだ。」
「そなたの口から頼むことはできよう。余の直感が確かならば、それは遥かに効果的なはず。ぜひ彼女の協力を得たい。ファライアのために。」
ギルはドアの直前で立ち止まり、肩越しに振り返った。
ファライア・・・王女のために、だと?
「・・・いいだろう。話は聞くが、わずかでも不快を感じた場合には、その時点で即刻断らせていただく。」
「承知した。」
ギルは、ディオマルクに向き直った。
「それで、彼女を何に利用しようというのだ。」
「そなたは、我が妹とは長らく顔を会わせてはおらなんだな。あれももう二十一の歳になる。」
そう言って、ディオマルクはバルコニーがある大きな窓を開けに行った。
「ファライア、さあ、ここへ。」




