騒がしい晩餐会
この宮殿の中でも豪奢な一室で、晩餐会は催された。緻密な模様が金や銀に輝くドーム天井の下に円卓があり、ディオマルク王子も交えて、一行はその席についていた。
このセッティングを見た時、ギルは内心やられたと思った。円卓を用意させたのは、わざとだ。気兼ねなく楽しみたいというのは建て前で、声を聞きとれるようにした。そうに違いないと。
軽い食前酒 がふるまわれたあと、彩り豊かな野菜やチーズ、それに燻製肉をオリーブとローズマリーで飾った前菜に始まり、続いてボリュームある肉料理のほか、魚介類をもふんだんに使った贅沢な料理が次々と運ばれてくる。
その最中にも、ギルには、なんとディオマルク王子の侍女たちが遠慮なくたかっていた。本来は王子の付き人であるはずの彼女たち。だが、明るい彼女たちのこういった自由なところを日々楽しむ変わり者のその王子は、そんな光景を目の当たりにしても、「おやおや、困った小猫ちゃんたち。」という程度にしか思わず、それよりも、あまりに統一性のない連中のことを、ただ不思議そうに眺めるばかり。ギルはというと、問われるまま、褒められるままに対応して、愛想を振り撒きまくっている。ギルの方では考えもあって調子のいい男を演じていたが、その姿はシャナイアの機嫌をたいへん損ねることになった。
「ほんとによく似ていらっしゃるわ。つい、お辞儀しちゃいそう。」
「ギルベルト様のような素敵な殿方がほかにもいたなんて。ねえ、私、あなたに告白してもよろしいかしら。」
「本物のギルベルト様じゃあ、叶わぬ夢ですものね。」
「それは褒め言葉ととっていいのかな。偽者でよければ、喜んで。」
勢ぞろいした美女たちと冗談を楽しんでいるギルの姿に、面白くなさそうな横目を投げながら、シャナイアは給仕の召使いから高級ワインの瓶をひったくって自ら注ぎ足し、がぶがぶと口に流し込んでいる。
見かねたレッドは立ち上がり、無理やりそのワインボトルを取り上げた。
「バカ、もうよせ。ほんとは強くねえんだから。」
「仕方ないよ、シャナイア。ここのほとんどの者が、彼の顔を知っているのだから。」
エミリオも、小声でそんな言葉をかけた。
「何よ、関係ないじゃない!ただ飲みたいだけなの!」
シャナイアはあやふやな呂律で言い放ち、レッドとワインボトルやグラスの取り合いを始めた。
リューイは美味い料理の数々に夢中で豪快な食いっぷりを続けているが、カイルはとても見ていられず顔を覆いたい気持ちになり、壁際に控えている影のように気配のない近衛騎士も、密かにぎょっとしながら二人のもめ合いを見守っている。
実は、先日リューイの大胆不敵さに驚かされたばかりの彼。なるほどその仲間だけのことはあると呆気にとられて、開いた口を一向に閉じることができずにいた。本来恐縮であるはずのこの場において、少しもへりくだったところがないばかりか、ハチャメチャな振る舞いをするとは。
だがディオマルクは、そんな連中を愉快そうに眺めながらも隙をみていた。そして、彼らがひと騒動を起こしているこのあいだに、傍らにいる侍女をそっと手招いたのである。
テーブルの上に両肘をついたディオマルクは、口を隠すように指を組み合わせて、おかしいのを堪えるふりをした。
「あのギルベルト皇子に似た彼を、余の部屋へ案内するよう。この晩餐会ののち、すぐにだ。」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします。」
呼ばれた侍女はそう答えて、さりげなく王子が飲み干したワイングラスを下げた。
さすがに機転が利く侍女を見て、ディオマルクは満足そうにうなずいた。
一方、レッドに力づくでねじ伏せられたシャナイアは、そのあと急におとなしくなったかと思うと、テーブルの上で組んだ両腕に頭を乗せて、すやすやと眠り込んでしまった。
レッドはふうと息を吐き出しながら、バカじゃなかろうかと思った。これでは、相手に本音を知られるのも時間の問題だ。素直すぎるにもほどがある。さすがに俺でも気付くレベルだ。それでも構わないと思っているなら別だが、酔った勢いとはいえ、これほど分かりやすい人間がほかにいるだろうか。
「部屋を用意してあるのだが、もし急ぐことがなければ、このあともごゆるりとされるがいい。」
ディオマルクは、食卓が落ち着くとにこやかにそう言った。
そして、わざとギルを見た。
あからさまなその視線を、ギルもまた堂々と受け止めていた。




