王太子からの招待
「馬車とぶつかったって・・・あんたらがやったのか?こいつに何かあったらレッドが大変なんだよ。気をつけてくれ。」
その青年についてきた男 ―― 近衛騎士 ―― と、さらに続いて現れた容姿端麗な女性 ―― 侍女 ―― が見ている前で、リューイはいきなりそう食ってかかった。本人はそんなつもりはないのだが、言われた方にはそう聞こえる、リューイのいつもの口調である。
「この無礼者っ。」
驚いて前へ出かけた護衛の騎士を、青年は軽く手をあげて制した。
「事実だ。彼らに謝罪せねばならぬ。お前は下がって静かにしていろ。」
その落ち着いた声と仕草からは、リューイもハッとするほどの威厳と貫禄が放たれている。だが、護衛であるその騎士が一礼して速やかにもとの位置に戻ると、青年は急に表情を崩した。そして、申し訳なさそうにリューイとシャナイアの二人に向き直り、こう名乗ったのである。
「余はここダルアバス王国の王子で、ディオマルクと申す。察しの通り馬車でその子と衝突してしまい・・・医者に診せるため、気絶したその子をしばらく預からせていただいた。脳や内臓、骨には異常は無いということだが、ひどい目に遭わせてしまったこと、そして心配をかけさせてしまい、誠に申し訳ない。」
「きっと、ミーアが飛び出したのね。だって、ほら・・・。」
シャナイアは、肩をすくめておずおずと見上げてくるミーアに目を向ける。
「ごめんなさい・・・。」
「一人でおつかいに行かせた私も悪かったわ。」
シャナイアは苦笑して、ミーアの頭をなでた。
ここでディオマルク王子は、連れて来た侍女の方に合図を送った。その女性は姿勢よく進みでて、シャナイアの前でかしこまり、大きな紙袋を差し出した。中には色良し形良しという美味しそうな多種多様のパンが詰まっている。
彼女は馬車に乗っていた金髪美人ではなかった。モカブラウンの髪で、美しいという以外は容姿の全く違う、また別の侍女だ。
差し出されたものを、思わず成り行きのままに手を出して受け取っていたシャナイアは、侍女が上品な後ろ歩きで王子の背後に戻って行くのを、ただきょとんとした顔で見送った。そして、ディオマルク王子を見た。
このあいだ、実は王子の方も、シャナイアの美貌や姿態をいやにじっと眺めていた。だが視線を向けてきた彼女と目が合うと、熟視していたことには気付かせないほど素早く、自然に、ほほ笑みかけながらこう言った。
「この子がパンが必要だと申すのでな。そこの彼女に用意させたものだが・・・それで構わぬか。」
「え・・・あの・・・。」
シャナイアは困惑しながらわきを見下ろした。そこにいるミーアは得意げな笑顔を向けてくる。
「王子様がくれたの。それでいい?」
「ああそっか、パンを頼んでたのよね。もらっちゃって、いいのかしら・・・。」
「そなたらは、この子の兄と姉かい?」と、ディオマルク王子。
「・・・の、ようなものだ。」
慎んだり改まったりが分からないリューイは、相手が誰であろうが普段通りの口調で答える。
それを全く気にすることなく、ディオマルク王子は言葉を続けた。
「それと、その子が着ていたものだが汚してしまうことになり、お返しするのに少々時間をくれぬか。綺麗な状態に戻して届けさせよう。無論、そのドレスはお納めいただきたい。その子が選んだものだ。気に入られよう。」
「それなら、もうじゅうぶんです、王子様。無理にお返しいただかなくても。」
恐れ多いと、シャナイアはあわてて手を振った。
「いや、この程度では償いにならぬ。そうだ、では明日、おわびに晩餐会を共にしたいと思うがいかがかな。」
「まあ素敵、喜んで。ね、リューイ。」
そう声をはずませたシャナイアとは対照的に、リューイの方は眉根を寄せた。珍しくギルの言葉をきちんと覚えていて、それをこの事態に当てはめ考えることができたからだ。
「俺はいいけど、あいつらが 一一 。」
「ほかの家族も、よければぜひ。」
「あ、いや、そうじゃなくて・・・。」
「では、私はこれにて失礼させていただく。時は夕刻、その頃迎えの馬車を手配しよう。では。」
リューイが上手く断れずあたふたしているうちにも、優雅な物腰で背中を返したディオマルク王子は、お供の近衛騎士と侍女を従えて一方的に帰ってしまった。
リューイは、隣で暢気にニコニコしているシャナイアを横目づかいに見た。
「俺は知らねえぞ。」
「何が?」
「ギルだよ。あいつ早くここを出たがってたろ、マズいからって。」
シャナイアはあっと口に手を当てる。
「やだ、忘れてたわ・・・。」
リューイがやれやれとため息をついた、その時。
「ただいま。今さ、そこの大通りにどういうわけか王家の馬車が停まってたんだが・・・お前たち、まさか関わってないだろうな。」
エミリオと共に情報局へ寄っていたギルが、そのあと別行動をとることになり、一人で先に帰って来たのである。
「噂をすれば・・・。」と、リューイ。
曲がろうとしていた道の近くでそれを見たギルは、まわり道をして帰ってきていた。そのため、その高貴な御一行とは鉢合わせずに済んだのだった。
それなのに、ギルはさっそく、おずおずと見つめてくるシャナイアに気付いた。まるで、思わず家財を壊してしまった子供のような顔をしている。返事を聞くまでもないそんな様子に、嫌な予感が確信となる。
ギルは引き攣った笑みを浮かべる。
「冗談だろ?お嬢さん。」
やはり、シャナイアは強張った顔を崩さない。
「ギル、ごめんなさい。実は・・・。」




