演奏家の青年
カイルはエミリオの腕を取り、打ちつけた右肩の付け根から丁寧に調べていった。肘の近くを押さえた時、エリミオは辛そうに呻いたが動かせると言ったので、カイルはまずエミリオに腕を動かさないようにと注意して、その子の手当てから始めた。それは簡単に済んだため、すぐにエミリオの腕にとりかかる。カイルは手際よくやり、エミリオの腕には何か軟膏が塗られたあと、しっかりと包帯で固定された。
「打撲だね。僕がいいって言うまで負荷をかけないようにして、しばらくこのままだよ。腫れてくると思うけど、痛みを抑える薬を塗っておいたから。あとは筋肉の回復を促す薬を飲んでれば、一週間くらいで良くなるよ。」
その様子を、多くの人がまだ残って見守っていた。
そこへ、泣きながら血相を変えて駆けこんできたのは、転落した子供の母親である。
「あの、私の子は・・・。」
「気を失ってはいますが、体は無事です。」
エミリオは聖者様のようにほほ笑んだ。
「ちょっと目をはなした隙に・・・。ああ、本当にありがとうございます。」
彼女は何度も頭を下げながら我が子を胸に抱くと、愛しくてならないというように小さな額にキスをした。
その姿を、目を細めて見つめるエミリオは今や、周りで自然と起こった拍手に取り巻かれている。
そうして親子が人込みの中へ消えて行くと、集まっていた人々もゆっくりと散り始めた。何人かがエミリオに向かって、去り際に称賛の言葉をかけたり、慣れ親しんだように何気無いひと言を残して。
そして最後に背を向けかけた男性は、こう言った。
「兄ちゃん、その腕じゃあ今夜は無理だな。」
「そうですね。でも、もうあの場所に立つことはないかもしれません。間もなく、私はこの町を出ることになりますから。」
「そうなのかい。それは残念だ。またいつでもこの町に遊びにおいで。あんたの音色は、みんな忘れないよ。」
男性はそう言って、軽く手を振りながら去って行った。
「ありがとう・・・。」
エミリオが感慨深げにその男性を見送っているそばでは、先ほどのエミリオに対するほかの人々の様子なども合わせて、仲間たちが意外だという顔で注目している。
「いったいぜんたい・・・この町で、お前は何者になったんだ?」
ギルが不思議がって問うた。
「ああ、私たちが宿泊している旅館の一階は料亭で、そこで毎晩フィルートを奏でていたんだ。おかげで店に来た多くの人が親切にしてくれる。」
「へえ・・・。」
ギルは感嘆した。それをしみじみと嬉しそうに語る相棒を見て、顔がほころぶ思いだった。詳しいことは知らないが、過去の辛い記憶に苛まれてばかりいることなく、エミリオがこうして慣れない環境で上手くやり、そこに喜びを感じられるようになったことは、ギルにとっては驚きであると共にホッとした。
「いつ着いたんだ。」
「二週間ほど前だよ。朝、向こうの繁華街辺りにいれば、きっと会えると思ったんだ。だから、毎日ミーアとそこへ通っていた。」
「二週間か。ずいぶん早くにやって来られたもんだな。」
「早く皆に会いたくてね。ここまでは馬を飛ばしてきたが、その宿に預けている。」
「宿代もかかったろう。」
「いやそれが、毎日決まった時間にフィルートを奏でるだけで宿代はただにしてくれると言うものだから、宿泊費だけは全くかかっていないんだ。」
「なるほど・・・そりゃあ大儲けだろうな。」
ギルは、その旅館の主人のことを商売上手な男だと感心しながら言った。
「その顔が拝めるだけでも、客は入るものね。」と、シャナイア。
だが当の本人は、なぜ主人がそんな話を持ちかけてきたのか、その真の意味になど気付いちゃいないだろうとギルは思った。この男は驚くほど頭がキレるわりに、驚くほど自身の魅力については自覚が無さ過ぎる。
何はともあれ、感動の再会はハプニングのどさくさに紛れてしまったが、ここで彼らは改めて再会を喜びあった。シャナイアの手を離れたミーアが両手を広げて真っ先に飛びついていった相手は、やはりレッドだ。
「わーい、会いたかったよおっ。」
「おお、いい子にしてたか?」
レッドも珍しく素直に笑顔で少女の脇を抱え上げ、抱っこの姿勢をとった。
「ねえ、寂しかった?」
「ああ、それなりにな。」
「そんなもんじゃなかったろう。」と、ギルは呆れずにはいられない。
ここでエミリオは、ようやく何かおかしいことに気付いた。
そう、今ここに馴染み深い顔ばかりがそろっているということである。それではいけないはずだ。




