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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第8章  初恋 〈 Ⅴ〉
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演奏家の青年


 カイルはエミリオの腕を取り、打ちつけた右肩の付け根から丁寧に調べていった。ひじの近くを押さえた時、エリミオはつらそうにうめいたが動かせると言ったので、カイルはまずエミリオに腕を動かさないようにと注意して、その子の手当てから始めた。それは簡単に済んだため、すぐにエミリオの腕にとりかかる。カイルは手際てぎわよくやり、エミリオの腕には何か軟膏なんこうが塗られたあと、しっかりと包帯で固定された。


「打撲だね。僕がいいって言うまで負荷ふかをかけないようにして、しばらくこのままだよ。れてくると思うけど、痛みをおさえる薬を塗っておいたから。あとは筋肉の回復をうながす薬を飲んでれば、一週間くらいで良くなるよ。」


 その様子を、多くの人がまだ残って見守っていた。


 そこへ、泣きながら血相を変えて駆けこんできたのは、転落した子供の母親である。


「あの、私の子は・・・。」


「気を失ってはいますが、体は無事です。」

 エミリオは聖者様のようにほほ笑んだ。


「ちょっと目をはなした隙に・・・。ああ、本当にありがとうございます。」


 彼女は何度も頭を下げながら我が子を胸に抱くと、愛しくてならないというように小さなひたいにキスをした。


 その姿を、目を細めて見つめるエミリオは今や、周りで自然と起こった拍手に取り巻かれている。


 そうして親子が人込みの中へ消えて行くと、集まっていた人々もゆっくりと散り始めた。何人かがエミリオに向かって、去りぎわに称賛の言葉をかけたり、慣れ親しんだように何気無いひと言を残して。


 そして最後に背を向けかけた男性は、こう言った。

「兄ちゃん、その腕じゃあ今夜は無理だな。」


「そうですね。でも、もうあの場所に立つことはないかもしれません。間もなく、私はこの町を出ることになりますから。」


「そうなのかい。それは残念だ。またいつでもこの町に遊びにおいで。あんたの音色は、みんな忘れないよ。」

 男性はそう言って、軽く手を振りながら去って行った。


「ありがとう・・・。」


 エミリオが感慨かんがい深げにその男性を見送っているそばでは、先ほどのエミリオに対するほかの人々の様子なども合わせて、仲間たちが意外だという顔で注目している。


「いったいぜんたい・・・この町で、お前は何者になったんだ?」

 ギルが不思議がって問うた。


「ああ、私たちが宿泊している旅館の一階は料亭で、そこで毎晩フィルートを奏でていたんだ。おかげで店に来た多くの人が親切にしてくれる。」


「へえ・・・。」


 ギルは感嘆かんたんした。それをしみじみと嬉しそうに語る相棒を見て、顔がほころぶ思いだった。詳しいことは知らないが、過去の辛い記憶にさいなまれてばかりいることなく、エミリオがこうして慣れない環境で上手くやり、そこに喜びを感じられるようになったことは、ギルにとっては驚きであると共にホッとした。


「いつ着いたんだ。」


「二週間ほど前だよ。朝、向こうの繁華街はんかがい辺りにいれば、きっと会えると思ったんだ。だから、毎日ミーアとそこへ通っていた。」


「二週間か。ずいぶん早くにやって来られたもんだな。」


「早く皆に会いたくてね。ここまでは馬を飛ばしてきたが、その宿にあずけている。」


「宿代もかかったろう。」


「いやそれが、毎日決まった時間にフィルートをかなでるだけで宿代はただにしてくれると言うものだから、宿泊費だけは全くかかっていないんだ。」


「なるほど・・・そりゃあ大儲おおもうけだろうな。」

 ギルは、その旅館の主人のことを商売上手な男だと感心しながら言った。


「その顔がおがめるだけでも、客は入るものね。」と、シャナイア。


 だがとうの本人は、なぜ主人がそんな話を持ちかけてきたのか、その真の意味になど気付いちゃいないだろうとギルは思った。この男は驚くほど頭がキレるわりに、驚くほど自身の魅力については自覚が無さ過ぎる。


 何はともあれ、感動の再会はハプニングのどさくさにまぎれてしまったが、ここで彼らは改めて再会を喜びあった。シャナイアの手を離れたミーアが両手を広げて真っ先に飛びついていった相手は、やはりレッドだ。


「わーい、会いたかったよおっ。」


「おお、いい子にしてたか?」

 レッドも珍しく素直に笑顔で少女の脇を抱え上げ、抱っこの姿勢をとった。


「ねえ、寂しかった?」


「ああ、それなりにな。」


「そんなもんじゃなかったろう。」と、ギルは呆れずにはいられない。


 ここでエミリオは、ようやく何かおかしいことに気付いた。


 そう、今ここに馴染なじみ深い顔ばかりがそろっているということである。それではいけないはずだ。









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