レザンの町
一行は、メルクローゼ公国をほぼ真っ直ぐ南へ下って、落ち合い場所に決めたレザンの町にたどり着いた。余裕は無かったが、どうにか約束の期日には間に合ったようだ。
その彼らの中に、新しく加わったはずのメイリンの姿はない。彼女は仲間になるとそう返事はしたものの、実際のところ、世話になっている知り合いの工房での仕事の都合、ほかにもいろいろと身辺整理をしなければならず、すぐには一緒に旅をすることができなかったからだ。
しかし、彼らの方にもエミリオとの約束の期限がある。なんせ、リューイが彼女と楽しく過ごしていたその間、けっこうな時間をとられた。
そこで話し合った結果、彼らは仕方なく彼女をバルンの森に置いたままで、残るあと一人の仲間を先に探しに行くことになったのだった。
最後に、また迎えに来るという約束をして。
確かに、今後二人がどうなるか、どうするかまでの解決には至っていない。だが二人にとっては、また会えるというそれだけで寂しさや悲しみから救われた気がし、いつか一緒に旅をする中で答えが見つかればいいと思ったのである。それを、時間をかけてよく考え直せる機会を与えられただけでも、二人にはよかったのだ。
レザンの町に入る大通りは、中心にある広場と町役場へ向かう。街区は住宅街、商店街などにほぼまとまった形で分かれており、それら家屋や店舗が広場をとり囲むようにして放射線状に立ち並んでいる。高い集合住宅が向かい合わせに軒を連ねている通りもある。
その広場では、毎朝 市場が開かれる。今日は週に一度の特売日なので、住宅街まで買い物客で賑わっていた。
その青年は、娘でも妹でもない幼い少女と手をつないで、毎朝その広場へ向かう。宿泊施設と飲食店がひしめき合う街区から、高層住宅街の路地を通り抜けて行くのだ。
町の決まり事のように、そこでは壁やベランダに多彩で洒落た植木鉢などを飾っている家が多く華やかながら、家々のベランダからは向かいの家のベランダまで洗濯竿が渡されていて、シーツなどが所狭しに干されてあるのが日常だった。住人たちは洗濯物を干す場所を確保するため、協力し合っているということである。
いつものように、青年は少女の夢物語などににこやかに耳を傾けながら、その通りを歩いていた。だが、その道を通る時、少女の話は度々中断されることになる。彼は、すれ違う人や、街路や軒先を掃除している人など、たくさんの住人から声をかけられ、その度にいちいち丁寧な返事をしているからだ。彼はこの町へ来て間もないが、その界隈ではすっかり人気者になっていた。
「やあ兄ちゃん、夕べも最高だったよ。あれはどういう曲なんだい。」
「ありがとう。あの曲はヴルノーラ地方に古くから伝わる、月の女神を讃えるものです。」
「おはよう。今夜も聴かせてくれるんだろ?」
「おはよう。私は、時がくればすぐにでも発つことになるかもしれませんから、それは分かりません。申し訳ない。」
「そうかい。そうなりゃ寂しくなるね。」
「まあ、おはようさん。お嬢ちゃん今日も可愛いね。そうだわ、さっき出来上がった焼き菓子いるかい?」
「うん欲しい!ありがとう。」
この町は、青年にはとても気持ちがよかった。多くの人と知り合い、こうして気軽に声をかけ合えることはとても新鮮で、楽しかった。だが、初めの頃の彼一人ならこうはいかなかっただろう。成り行きのままに知り合えた仲間たちとの経験と、そして、この少女のおかげである。今は自分のことよりも、この少女を気使う気持ちの方が勝っているので、不意に襲ってくる辛い記憶に苛まれることもほとんど無かった。青年は、もうすぐその仲間たちとも再会できるはずだという期待にも救われていた。
少女は可愛らしく両手を目の高さまで差し伸べて、声をかけてきた中年女性から菓子を受け取っている。それを青年は目を細めて見ていた。
すると突然、この喧噪を突き抜ける女性の金切り声が聞こえた・・・!




