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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第8章  初恋 〈 Ⅴ〉
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逃げないで・・・



 まだ朝もやがただよう中に、この日ようやく全員の顔がそろった。全てを思い出したリューイがどう決断するのか心配もされたが、こうして戻ってくれたのだ。


 ただやはり、嬉しそうではなかった。ひどく暗い顔をして帰ってきたのである。

 

 リューイが起きた時、メイリンの姿は無かった。


 だがリューイは、彼女が家を出た時を知っていた。それは朝のまだ暗い頃で、いつも川へ行く時間よりもずいぶん早かった。その前に彼女がテーブルについて何かをしている時も、それを感じながらリューイはわざと眠っているふりをしていた。そして、玄関の閉まる音がして気配が無くなってから体を起こしたリューイは、真っ先に視線をテーブルへ向けてみた。


 すると、置き手紙が。


 そこには、言葉少なに別れの言葉がしたためられてあった。だが昨夜とは違って、相手を気使う優しい文言もんごんばかり。リューイはそれにひどく痛切な気持ちになり、自分は読み書きの知識がとぼしく苦手だったが、メイリンも点けたランプを灯すと、〝いろいろありがとう。〟そうひと言だけ返事を残して出てきたのだった。


 どうしてもまだ元気になれない、そんなリューイと同じくらい肩を落としている者が、もう一人。


 それは、精霊使いの少年カイル。そもそも、この土地へとやってきた理由は、あくまでアルタクティスの仲間探しなのである・・・が・・・。


「村のずっと下まで行って、この辺りに住む人はみんな当たってみたけど、結局 分からなかった・・・ノーレムモーヴ〈森の神〉。」


「それに、ここの人じゃないのかもね。旅してる人で、あの時はたまたまこの辺りにいたんじゃないかしら。でも、そう遠くには行ってないかもよ。」

 シャナイアが軽い声で気休めを言った。


「でも、どっちに行ったのか分かんないよ。はあ、残念・・・。」


「こうなったら気長にいくしかないな。エミリオと合流してからだって、遅くはないかもしれんぞ。まあ、運命とやらが本当なら、どうとでもなるだろ。」

 ギルもそんな暢気のんきなことを言う。


 もともとカイル以外は、自分たちの立場やら使命やらの自覚に欠ける者ばかりなので、カイルが思うほど深刻になれない、というのが本音である。


 三人がそう話しているそばで、リューイは少し恥ずかしそうにレッドと向かい合っていた。そのレッドの額にはいつもの赤い布ではなく、包帯が巻かれてある。落石からリューイを助けたためのものだ。


「悪かったな・・・俺のせいで怪我させちまって。」


「まったくだぜ。あんまり、つまらないことで面倒かけるなよ。」

 レッドは苦笑いを返した。


 リューイは、キースにも謝らなければならなかった。それというのも、キースはさっきからリューイの足にまとわりついて離れようとしない。初めは特に心配することもなかったキースだが、事情もよく分からず避けられたのはさすがにこたえたようだと、その様子を見てレッドは思った。


 それで腰を落としたリューイは、キースの背中をお詫びのしるしに何度も撫でてやった。

「キースもゴメンな。俺、お前にひどいことしちまった。」


 いよいよ出発の時になって、ギルはつい、たった今感じた気配の方へ首を向けた。だがすぐ、気づいたことに気づかれないよう演じた。


 密生している木の後ろ。それほど離れてもいないそこに、リューイだけをひたすら見つめている少女がいる。顔を少しだけのぞかせて、なんとも寂しそうに・・・。


 恐らく、カイル以外はほぼ同時に気付いたろうと思いながら、ギルはさりげなくリューイに歩み寄り、ささやきかける。

「お前のこと、そっと見送りたいんだな。何か言ってやることはないのか?」


「今朝、手紙が置いてあって・・・お互いちゃんと吹っ切ってきたから。会うと、また辛くなるよ。」


 リューイは驚くこともなく、そう返事をした。やはり気付いていたのだ。


 ギルはやれやれと首を振った。口下手なリューイのことだ。つまり会話では互いに割り切れず、せめてものり所として彼女も手紙に頼った・・・ということだろう。


「もし最後に見せたのが笑顔じゃないなら、後悔すると思うぞ。」


 そうして仲間たちに後押しされると、少し悩んだが、やがてリューイはためらう足を思いきって前へ出した。


 ところが気付かれたと分かると、メイリンの方はあわてて去ろうとする。


「待って。」


 思わず、リューイは声を張り上げていた。


 それは彼女を驚かせ、呼び止めることができた、・・・が、振り向かせるまではできなかった。


「逃げないで。最後にもう一度・・・あんたを抱きしめたい。」


 そう言うと、リューイは恐る恐る近づいて行き、両腕を差し伸べた。それは夕べ、眠る前にしたのと同じ仕草しぐさ


「ほら・・・。」


 たまらず涙があふれだした。メイリンは嗚咽おえつをもらしてパッときびすを返し、彼の胸に飛び込んで行った。


「ねえ・・・あの子、本当に治ったの?大丈夫?」

 シャナイアが言った。


「だから、ちょっとした奇跡が起こったんだよ。」と、レッド。


「やはり芽生えたようだな。本人はよく分かっちゃいないだろうが。」と、ギル。


 するとカイルが、「うそ、すごくいい感じになってる。」


「お前のちょっといい感じがだいたい分かったよ。」と、レッド。


「それより、なあカイル・・・俺は今、不意に思ったんだが・・・。」ギルはあごに手をあてがい、それから言った。「彼女にはきいてないな。」


 数秒、沈黙が落ちた・・・。


「あ、ほんとだ!うわっ、うっかりしてた!」


「やだ、よく考えてみたら、あの子が一番それっぽいじゃない!」


「彼女、精霊石持ってるかな。僕、見てくる。」


「邪魔しちゃダメよ・・・いいとこなんだから。」


 愛しげに抱き合う二人のそばを、カイルはウロウロしだした。はたから見ているギルやレッドからも、そんな挙動は不自然で明らかにおかしい。だがひとまずリューイには無視されているようだ。


 そのカイルは後ろ姿しか分からない状態で、彼女の全身に目をらしてみた。それらしいものは見当たらない。リューイの背中に回している両腕にはブレスレットもしていないし、ネックレスかな?と、前を確認したいカイルは、ぴったりと密着していた二人が抱擁ほうようを終えて向かい合った時、思わず歓声を上げそうになって口を押さえた。


 彼女の胸の下辺りで輝いている、まさにそれを見つけたからである。









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