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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第8章  初恋 〈 Ⅴ〉
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予知夢



 しばらく夜空を見上げていたリューイは、窓を閉めて舞い込んでくる夜風をさえぎった。今夜は明るい月夜なので、明日は出発するにはいい日和ひよりになるかもしれない。


 二人はとりあえず、いつものように休むことにした。だがメイリンは、眠る時の肌着姿にはなったものの、いつまでも寝床につこうとはしなかった。


「もう休もう。」


 メイリンは、彼の困ったような顔を見ておきながらまだ動こうとしない。


 リューイは小さなため息をついて、両腕を差し伸べる。


「ほら・・・。」


 そうされてやっと、いつまでも浮かない顔のメイリンはとぼとぼと彼の方へ近寄った。リューイは片腕で彼女を引き寄せ、もう片手で上掛けを引き上げながら横になった。そしてメイリンは、そのまま自然に伸ばされた彼の腕枕に頭を乗せた。


「思い出したのね。」


 自分の胸のあたりから、か細く切ないささやき声が聞こえた。リューイは悲しげにうなずき返した。


「ああ・・・思い出した。言わなきゃいけないことが、たくさんある。」


「・・・出て行ってしまうんでしょう?さっきは、あんな強がり言っちゃったけど、やっぱりつらい・・・。」


「・・・ごめん。」


「お願い、謝らないで。記憶が戻っても一緒にいてくれたらって・・・思ってたのに。謝られたら・・・私・・・。」


 どうしようもない不安に襲われてリューイの胸にしがみついたメイリンは、とうとう口にしてしまった。


「また独りにしないで・・・。」と。


 耐えきれないほどひどく悲痛な声だった。それでもリューイは唇を噛み締めて、黙っていた。言うべき言葉を変えるつもりはなく、しばらくしてやっと言った。


「メイリン・・・俺にはやっぱり、しなきゃならないことがあったんだ。俺には、これまで一緒にいろんなことを乗り越えてきた仲間がいる。こんなことを言うのは辛いけど、待ってる奴らがいるんだ。俺が行かないと、あいつらが困るから・・・。」


 メイリンは長いあいだ何の返事もできなかったが、彼を困らせてはいけないと頭では分かっていた。だが思いつく言葉は、どれも知らずと冷たいものになってしまう。


「ほんとは分かってるの。何を言っても無駄だって。だって・・・夢で見たもの。」


 リューイは、意味が分からない・・・という顔を向ける。


「何の?」


「あなたが出て行ってしまう夢。ほら、私、眠りながら泣いてたことがあったでしょ。ほんとは、あの時見たの。だから、あなたの記憶がもうすぐ戻ることも、私とは一緒にいられなくなることも・・・知ってた。」


「そう・・・なんだ。でも、ただの夢だろ、それ。」


「あの人たちが来ることも知ってたわ。その夢と一緒に見たもの。私・・・」


 メイリンはいくらか躊躇ちゅうちょして、それからこう言葉を続けた。


「予知夢が見られるみたいなの。」


 そのあと、二人のあいだにしばらく沈黙が続いた。


 メイリンは、彼がなぜ黙り込んでしまったのか分からず、顔を上げる。


 すると、きょとんとしている彼のその目と目があった。


「あの・・・さ、ヨチムってなに。」と、リューイ。


「あなた・・・記憶、戻ったのよね?」


「ああ、俺さ、もともと知らないことがいっぱいあるんだ。」


 やっぱりもともと変わった人だったのねと、メイリンは、これまでの彼のおかしな言動に納得した。


「これから起こることが夢の中で見られるの。その夢のことよ。」


「うわ、すごいな。」


 思わず背中を起こしたリューイ。


 メイリンもゆっくりと起き上がって、彼の方を向いた。


「信じるの?」


「なんで? 嘘なのか?」


「いいえ、ほんとよ。パパとママが事故にあう夢を見たのが最初だった。それから予知夢を見るようになって。でも私が見る悪夢はつながっていなくて、いつも断片なの。だから、いつそれが起こるかまでは、その夢だけじゃあ判断できないことも多いわ。」


「予知夢って、怖かったり、嫌な夢しか見られないのか。」


「いい夢も見るんだけど、ほとんどが悪い夢。いい夢は、当たるかどうかも分からないから、期待させちゃうのもと思って、人に教えたりはしないんだけど、悪い夢は、特に人が傷つくような夢は、何となく注意をうながすようにしてみるの。何も起こらなかったり、助かったのは、そのおかげかどうかは分からないんだけど、ただ・・・どことか、誰とかが、私にはすぐに判断できなくて、伝えることができなかったことは・・・全部起こったの。」


 だんだん暗くなる声で話すメイリンを、リューイもまゆをひそめて見つめていた。


「あなたの夢を見たのは二度目よ。前は、あなたと出会う三日くらい前だった。崖から人が落ちてくる夢。ね、私の夢、当たるでしょう?だから ――」


 グイと抱き寄せられて、メイリンは声を詰まらせた。


「ほんとに・・・ごめん。」


「私も記憶を失いたい。あなたのこと忘れたい・・・。」


 少し意地悪だと分かってはいたが、やはりメイリンはそんなことを言ってしまった。


 リューイもすぐには言葉が出てこなかったが、それはふと思いついたある考えを、口にしてよいものかどうかと悩んでいたせいだ。


「メイリン、もしよかったら・・・。」


「え・・・。」


「あ、いや、何でもない。」


 思いきって口にしかけたことを、リューイはやはり思いきれずに飲み込んだ。


 リューイは手を離して、視線をそらした。


「なに?気になるじゃない。もしかして、帰ってきてくれるの?」


「いや、違うんだ。俺には、帰らなきゃならない故郷がある。」


 メイリンに押される形で、リューイは再び口をきった。


「だから・・・もし、あんたさえよかったら、その・・・俺の故郷に来ないかと。俺は、メイリンを一人にしたくないんだ。さっきみたいなこともあるし・・・俺だって一緒にいたい・・・ずっと。」


「・・・ほんと?」


「ただ・・・。」


「行ってもいいの?嬉しいっ。」


「ああ、メイリン待って、やっぱりダメだ、無理だよ。」


 リューイはあわててさえぎった。そこが心から誘ってやれるような普通の環境ではないことを、頭では分かっているからだ。


「どうして?ひどいわアレス、あ、ごめんなさい、リューイだったわね。リューイ、どうしてそんなこと。私、今すごく嬉しかったのに。」


「だって、あんたが嫌がる。」


「そんなことないわ。何もない環境も、不便も嫌いじゃないのよ。慣れるまでは苦労しちゃうかもしれないけど、どこでも好きになれる自信が ――」


「何もないって、ほんとに何もない所なんだよ。その森には人もいないし、ここに居る方がずっと安全かも。」


 メイリンは怪訝けげんそうな顔になり、つかの間黙り込んだ。


「いったい、どこなの?あなたの故郷って・・・。」


 肩をすくめてリューイは答える。


「・・・アースリーヴェ(※)。」






 ※ アースリーヴェ ・・・ 大陸最南端にあるジャングルの名称








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