二人の皇子
おぼろ雲がうっすらと広がる瑠璃色の空と、明け方の黒い荒野との境界線を成す一筋の白い光を東に見ながら、この広大な原野を一人南へと向かう長身の男がいる。
歳は二十四才。名前はギル。
くせのついた茶色の髪に、稀な青紫の瞳がとりわけ印象的な気品ある顔立ちだが、今の彼にとって名乗れるのはその愛称だけだった。
「正午までには着くかな・・・。」
ギルは、持参した地図通りに井戸のある場所を目指していた。だが、目指しているつもり・・・というのが本当だった。なにしろ初めての一人旅。目立った目印もなく、たまに見かける案内札にもしばらく会わず、ただ今は夜明けの太陽の位置だけを頼りに足を進めているのだから、いくらか心許ない様子なのである。幾度となく吹きすさぶ風が、彼を途中邪魔な障害物のように包んでは過ぎていった。
太陽が顔を現して寒気もすっかり和らぐと、その頃には、ギルは大小様々な岩石の散在する場所にまで出ていた。ここまで来れば一安心だ。間もなくオリーヴの木が見えて、そのすぐそばに井戸があるはずだった。
「あれか。」
無事に目標を発見したギルは、オリーヴの木の下の人影にふと気付いた。そこは木陰になっていて、ちょうど休憩したいと思っていたところだ。ギルは、気軽に声をかけようと近づいた。
すると相手も気配に気付いて、腰を下ろした姿勢から肩越しに見上げてきた。
互いの目が合った。
その瞬間、ギルはあからさまに仰天せずにはいられなかった。そこに座っていたのは、同性でも思わず目を奪われる、世にも稀な美貌の男だったのである。だが驚いたのはそういう理由ではなく、相手も同じ反応だ。
ギルはあまりのことに声も出ず、目も口も大きく開けたままでいた。そのあいだ思わず相手の顔に目を凝らし・・・そして、しばらくしてから、やっと言った。
「・・・エミリオ皇子?」
「まさか・・・ギルベルト皇子か。」
二人は、互いに皇子と言い合った。
その通り。今はギルとしか名乗れないその彼の正式名は、ギルベルト・ロアフォード・ルヴェス・アルバドル。今や、大陸屈指の大国に成長したアルバドル帝国の皇太子。そうでありながら様々な武芸に長けた屈強の戦士でもあり、皇太子という身分にもかかわらず戦に赴き、名誉ある勝利を自国に導いた英雄でもあった。
そしてもう一人は、エミリオ・ルークウル・ユリウス・エルファラム 。大陸の北東部で長年頂点に君臨してきたエルファラム帝国の第一皇子。彼もまた皇帝の子でありながら優れた剣の使い手で、同じく自国のために戦い英雄として讃えられていた。
二人共、確かに二大大国の皇子なのである。少なくとも、ある時までは・・・。