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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第8章  初恋 〈 Ⅴ〉
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戻りつつある記憶



 燃えるような色濃い夕焼けが遠ざかり、それにつれて、辺りは急速に暮れていった。


 玄関ポーチの階段に腰を下ろして、一人物思いにふけっているリューイは、疲れたように顔をのけぞらせてそんな空を眺めていた。


 あれからずっと、頭の中をかけめぐって止まない声を聞きながら。



〝 リューイ・・・あんなの余裕で避けれたろ。それが・・・ちっとも動けなくなるなんて・・・。お前、いつまで・・・そんな・・・。〟

 


 俺は何をしていたんだろう・・・。俺は、どういうヤツなんだ?何かしなければならないこともあったような気がする・・・。



〝 俺たちはもうすぐ、また旅立たないといけなくなる。今までだって、ずっと・・・。〟



 ひとり言のようにそう言った時の、彼の表情まで目に浮かんできた。


 あの人・・・すごく寂しそうだった。

 俺にも、忘れたくない思い出があったかもしれない。

 あの言葉の続きは・・・。


「ずっと・・・一緒に旅をしてきた?」

 


 〝 俺たちは・・・。〟



 ほかにもいるんだ・・・仲間が・・・。俺のことを知っている人が。


「旅・・・か。」


 メイリンが自分のことを知らなかった時点で、なんとなく分かってはいた。自分がこの土地の人間ではないことは。


 やっぱり・・・思い出したら、ここにはいられなくなるんだ・・・。


 リューイは、ポケットに手を突っ込んで小さな巾着きんちゃく袋をつかみ出すと、中から青い石を取り出した。それを手のひらに載せて、不思議そうに見つめる。


 それに、これは何だろう・・・。なんで、こんな物を持っているんだ。これを見ていると、こんなにも胸が苦しくなるのは、どうして・・・。 


 それに、今はわけが分からなくても、最後こう口にした時の彼の様子には切なくなり、言葉は胸に突き刺さり、ふと実感さえわいた。



〝 リューイ・・・もう・・・戻ってこないのかよ・・・。〟

 


 実際、記憶は少しずつ戻ってきているみたいだ・・・。時々、不意にいろんなことが頭に浮かぶ。あの人の名前だってそうだ。レッド・・・確かに知っている。だけど、なぜ知っているのかが分からない。あの人は俺のことをリューイと呼ぶ。あの人にもう一度会って、じっくりと話を聞けば、全てを思い出せるかもしれない。こんな気持ちでいるのも、つらいだけだ・・・。


 けど、怖い。そうしたら、きっとまたメイリンはひとりになってしまう。


 俺だって・・・。


 リューイは考えた。臆病になってこのまま逃げているか、勇気を出して向き合うか。真剣にじっくりと自分の本心を確かめながら、それぞれの場合に、得られるものと失うものについて熟考した。何を取れば、自分も周りもできるだけ辛い思いをしなくて済むのか、考えずにはいられなかった。


 なら・・・全部知ったうえで、ここにいたいって言えば・・・。ああでも・・・記憶を取り戻したら、今の俺じゃなくなる。そうなってからだと、俺の気持ちが変わるかもしれない。それに・・・ここにいたい・・・なんて、言っていいのか。


 壁に射す赤い陽の光が薄れると、代わりに部屋の中には黒い影が広がっていった。次第に暗くなる室内で、メイリンは明かりもつけずに椅子に座ったまま、両肘をテーブルについて悲嘆ひたんに暮れていた。リューイの記憶が戻りつつあることには、メイリンもうすうす感づいてはいる。それに、彼が記憶を取り戻したいと本気で思うようになったことにも・・・。


 力無く立ち上がったメイリンは、意を決して玄関のドアをそっと開けた。

 するとやはり、彼の思い悩む背中が見えた。

 メイリンはどうしてもし目になりながら、静かにこう呼びかける。


「リューイ・・・。」


 リューイは驚いて振り向いた。


「メイリン・・・。」

「あなたの本当の名前?」

「・・・分からない。あの人のことも、ちゃんと思い出せないんだ。」


「明日・・・もし彼がまた来たら、きちんと話をしてみるといいわ。自分のこと、知りたいでしょ?いいのよ、それが一番だもの。」


 複雑な表情で何も返せずにいる彼を見ると、メイリンは無理にほほ笑んでみせた。


「お風呂沸かしてくるわね。」


 彼のわきを通り過ぎて、メイリンはその離れへ向かう。


 そして急に足を止めた。腕をつかまれたからだ。


「メイリン・・・俺・・・怖いんだ。もし記憶を取り戻したら、きっとここには居られなくなる。だから怖いんだ・・・ずっと一緒に居たいから・・・でも・・・。」


 メイリンはたまらなくなり、振り向いて彼にしがみついた。リューイも壊れるほど抱きしめ返した。だがすすり泣きに気付くと何の言葉もかけることができなくなり、ただメイリンが落ち着くのを待つしかなかった。


 それには時間がかかったが、ようやく顔を上げたメイリンは、涙をぬぐいながら言った。

「困らせて、ごめんね。でも、もう大丈夫よ。それに・・・独りでも。」


「俺も・・・やっぱり、このままはいけないと思うんだ。本当のことをちゃんと知って、それから考えて、決めたいと思う。例え離れることになっても・・・。ごめん、このままでいるのも辛いから。」


「うん、分かってる。」


 かなり無理をしているその作り笑顔は、逆に切ない・・・。気まずさを感じたリューイは、とっさに言葉を探した。


「あ、俺がやってくるよ。風呂。」


「じゃあ・・・片付けがまだだから、お願いするわね。」


 リューイは、メイリンが玄関を開ける直前まで目で追っていた。それから風呂場へ向かう前にまた夕暮れの空をあおいだが、一番星を見る前に驚いて視線を振り戻した。


 メイリンの悲鳴が聞こえたからだ・・・!


「アレス!」


 そしてメイリンは、どういうわけか家の中から伸びてきた誰か男の腕によって、後ろ向きによろけながら室内へと引きずり込まれて行った。









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