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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第8章  初恋 〈 Ⅴ〉
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もどかしさと失望

 


 ついたての向こうでは、メイリンが三人分の朝食を作っていた。


 レッドは、緩慢かんまんに意識を取り戻した。何かを煮詰めている香ばしい匂いと、心配そうに自分を見下ろしているリューイがそばにいるのはすぐに分かったが、しばらく視線が定まらずにぼんやりと見上げていた。それに、脳髄のうずいをガンガンと刺激する頭痛はそれよりもおさまりが悪い。


「う・・・リューイ・・・。」


 ベッドに寝かせてもらっていたレッドは、ゆっくりと背中を起こした。頭にはいつもの布ではなく包帯が巻かれている。レッドは痛みを感じる箇所に恐る恐る手をやって、激痛に顔をしかめた。


 その様子をおずおずと見ていたリューイは、申し訳なさそうに肩をすくめている。


「あの・・・ありがとう、助けてくれて。」

 リューイは弱々しく声をかけた。


 レッドは悲しくて仕方がなかった。粗野そやな言葉づかいでズケズケと話し、振舞ふるまいは豪快で、あふれんばかりの力強さがみなぎっていた相棒のそれが微塵みじんも感じられないこの男に、今にも殴りかかって手荒く揺さぶり、しっかりしてくれと怒鳴りつけてやりたいのをグッとこらえた。


「リューイ・・・あんなの余裕で避けれたろ。それが・・・ちっとも動けなくなるなんて・・・。お前、いつまで・・・そんな・・・。」

 レッドは苛立いらだたしげに手でひたいを持ち上げながら言った。

「俺たちはもうすぐ、また旅立たないといけなくなる。今までだって、ずっと・・・。」


 ・・・一緒に旅をしてきた。それも忘れようもないほど刺激的な旅だ。多くの苦難を共に乗り越えたからこそ急速に深まったきずな。なのにその思い出は一瞬で忘れ去られ、絆もち切られてしまった。人間離れした身体能力と強さで数々の危機を救ってくれたリューイが、突然いなくなってしまった。今そばにいるのは、ただ純朴じゅんぼくなだけの美青年だ。


 そして、リューイの中からも、自分や仲間たちの存在は簡単に消えてしまった。


 思い知らされたレッドは、深々とため息をついた。

「リューイ・・・もう・・・戻ってこないのかよ・・・。」


 二人の間に重苦しい沈黙が落ちた。互いに、何を言ったらよいのか分からなかった。リューイにはレッドの言っていることが理解できなかったし、レッドも、今のリューイに言っても仕方のないことだと分かっていたので、リューイが何も返せずに黙り込むのは予想がついていた。


 そこへ、レッドが目を覚ましたことに気付いたメイリンが、食事の支度をちょうど済ませて顔をのぞかせた。


「大丈夫?出血はたいしたことなかったけれど・・・。」

 メイリンはそれから、具合を確かめる意味で問うてみる。

「ねえ、私はメイリン。あなたは?」と。


「ああ、俺はレッド。世話かけて済まない。」


 彼の口から自分の名前がスラリと出てくると、メイリンはほっと胸をで下ろした。


「そう、よかった。」


「え・・・?」


 レッドが怪訝けげんそうな顔をしたので、メイリンはあわてて言葉を続ける。


「あ、えっと、よかったら朝食一緒にどう?三人分作ったのよ。」


「ああ、いや、ありがとう。でも、せっかくだが遠慮するよ。二人でたくさん食べてくれ。邪魔して悪かったな。」


 自分の赤い布を見つけたレッドは、立ち上がりざま、それを寝台のヘッドボードからすくい上げた。


 本当のところは、彼女とはいろいろと話をして本音を探り出し、こちらの事情も説明して、これ以上リューイに好意を持たないよう歯止めをかけておきたい思いもあった。が、レッドは、リューイのいる前でそうするわけにもいかずにあきらめた。それに、今のリューイを見ているのも辛かったが、もし出発までに間に合った場合のこの二人のことも考えると、ひどく胸が痛んだ。本人はまだ言葉にできるものではないだろうが、リューイは彼女に、いつの間にかはぐくまれた確かな愛情を抱き始めている。


 もとに戻れることと、このままでいること・・・今のリューイにとっては、どちらが望ましいのだろう。


 とにかく、ここでは気持ちを切り替えたレッドは、もう何も言わずに玄関へ向かった。


 メイリンと一緒に、リューイもあとについて外へ出た。そして最初は他人のように見送ろうとしていたが、彼が離れかけると思わず、


「あの・・・。」

 と、呼び止めていた。


 レッドは立ち止まり、肩越しに振り向いた。


 だが・・・しばらく待ったが、リューイはおどおどと困惑しているばかりで、その口からそれ以上は出てこない。


 そんなリューイに、レッドもただ複雑な微笑を残して背中を向けた。








 

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