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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第8章  初恋 〈 Ⅴ〉
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見覚えのある場所



 明くる日の朝。


 リューイは今、ちょうど自分が転落した崖下がけしたに一人で立っていた。森の木々は雨のしずくをまとい、断崖だんがいの上からは、ゆるくなった地盤のせいで不意に小石も落ちてくる。


 夕べの雨はどしゃ降りだったため、川の水がにごっているだろうからと、メイリンは今朝の小石摘みを中止にしたのである。そして、その分時間ができたので朝食に腕をふるいたいと言い、そこでリューイは、メイリンが食事の支度したくをしてくれているあいだに散歩に出ることにして、何となくやってきたのだった。


 リューイは、妙にその場所が気になって、そこからずっといただきを見上げていた。崖っぷちに生えているあの大木・・・見覚えがある気がする・・・と。


 やがて視線を下ろしたリューイは、それからぐるりと首をめぐらして周囲を見た。


 そして、ぎょっとした。


 緑のこけがびっしりとへばりついている大木に視線を向けた時だ。そのあたりのくさむらに何か黒いものが見え、それが何かに気付いたのである。今、本能で理解した。


 たくましくて大きな・・・野獣。


 今はそれ以外のことが分からないリューイは、ただ無性に恐怖だけを覚えた。そいつのゾッとする鋭い眼に完全に狙いをつけられたと思い、サッと血の気がひいた。それはゆっくりと動きだして、一歩、また一歩と、叢を踏み分けながら近づいて来る。


 リューイは逃げ腰になりながら、断崖の方へ後ずさりした。


 すると、黒い野獣が立ち止まった。それから、もどかしそうにその場をうろうろと歩き回ったかと思うと、地面にあごをつけて座り込んだのである。どこかあきらめたような恰好かっこうで、目はずっとリューイのことを見ている。リューイにはなぜか、それが少し困ったような、寂しそうな感じに見えた。


 ところが、そう思ったのもつかの間、黒い野獣はハッとしたように顔を上げると、素早く立ちあがって上を向いた。


 その時・・・!


「避けろ、リューイ!」


 野獣に気をとられていたリューイは、そんな叫び声が聞こえて反射的に首を向ける。次の瞬間、何が何だか分からないままに、いきなりタックルされて吹っ飛んでいた。


 何か重いものが地面に叩きつけられたような轟音ごうおんと、地響きがした。一瞬の出来事だ。


 地面に倒されたリューイは、すぐには起き上がれなかった。自分のはらの上に、ぐったりとして動かない男性がいるために。数日前に、リューイはこの人と会っていた。


 微動だにしない彼の下からすり抜けて、リューイはその顔をうかがった。


 意識が無い・・・が、息はある。


 そばには、握りこぶし大の岩の欠片が。もっと広範囲を見てみれば、さっきまで自分がいたと思われる場所に、割れた岩の塊と破片はへんが散乱している。


 落石だ一一 。


 この人のおかげで助かったのだとわかった。彼が気を失っているのは、割れた岩の破片が側頭部に当たったのだろう。わずかだが出血していることにもリューイは気付いた。自分のせいだ。


 そばには黒い野獣もまだいたが、それを忘れてしまうほどあせったリューイは、彼をいともあっさりとかつぎ上げた。彼は高身長で体格もいい。だが、簡単にそうできたことも不思議に思わず、リューイはとにかく真っ先に浮かんだ行動をとった。今の自分にたよれるのは、そこしかないと。


 一方、大急ぎでその場を離れたリューイを、黒い野獣はただ目で追うだけだった。やがて、その姿が見えなくなる。黒い野獣は、肩を落としたように項垂うなだれて、別方向へと歩き出した。









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