シングルベッド
そうしていると、やがてメイリンが戻ってきた。ところがどうしたのか、様子がおかしい。部屋の中をきょろきょろと見回して、リューイの目の前で困ったように佇んでいるのである。
彼女が何を悩んでいるかくらい、リューイにもすぐに察することができた。この部屋にはソファーも無いのだ。
「なあ・・・これあんたのベッドだろ? 狭いのが嫌なら、俺がどくけど。」
「いいえ、あなたはケガ人なんだから・・・狭いのが?」
「俺は一緒でもいいぜ。あんた細いし、寝れないこともないよ。」
「ええっ!?」
「なに?」
「なにって・・・その・・・何もしない?」
「なにを?」
「え・・・だって・・・。」
メイリンは口籠もり、彼の目の奥をのぞき込んだ。無垢で無邪気。彼のその青空のような瞳からは、それ以外のものは何も感じ取られなかった。
そうしてメイリンが彼のことをただ見つめていると、不意に彼が口を開けた。
「あ・・・ごめん、するかも・・・。」
「ええっ!?」
「蹴るかも・・・。俺がもし寝相悪かったら・・・蹴飛ばすかも。それも覚えてないんだ。」
リューイはひどく申し訳なさそうに、そんなことを言った。
メイリンは少しのあいだ開いた口が塞がらなかった・・・が・・・。
「・・・ふふふ・・・あはは。」
「・・・はは・・・。」
リューイもつられて笑った。
「おもしろい人。いいわ、じゃあ一緒に寝ましょ。」
そこで思いついたメイリンは、今までは寂しくなるからと取り除いていた ついたてを、久々にベッドの横へ持ってきた。空間を間仕切って個室らしくした方が、ゆっくり思い出せるのではと考えたからだ。
意識したらそこへ行けない・・・と思ったメイリンは、ベッドの隅まで移動して平然と自分が来るのを待っている彼の隣に、背中を向けてためらいがちに横になった。何も考えないように、考えないように・・・と、頭の中を空にしながら。眠る時はいつも膝丈のスリップ一枚という恰好だが、風呂上りの今日の替えは洋服にした。
メイリンは、ただそこに体を伸ばしてじっとしていた・・・落ちそう。というのは、どうしたって引き返してくる恥ずかしさのあまり、最大限の間をとっていた。それでも彼の熱気を感じるほど近い。ベッドはシングル。彼は逞しいがスタイルのいい長身で、メイリンが180センチくらいあるわよねと考えていると、後ろから がっかりしたようなため息が聞こえた。
「怖いの?」
「え・・・?」
それはつまり・・・処女なんだから、もちろん怖い。
「蹴られると思ってるんだろ。」
なんだ、そっち・・・またドキドキ感が静止した。
「ちょっと離れたくらいじゃ避けきれないと思うんだけど。」
緊張感も吹き飛ぶ冗談でない発言。
「もっと、こっち来なよ。」
そういうこともスラリと言えちゃうのね。しかもそこ(ベッドの上)で。
メイリンが次々と呆気にとられていると、彼の腕がぐいと伸びてきて、一瞬のうちに抱き寄せられた。いきなりそんなことをされたら、まともに息もできなくなってしまう。ところがそれは最初だけで、あとはもう異様に落ち着いていられたメイリン。色男並みの巧みさには驚かされるものの、その間にあるズレた言葉を考えれば、彼はただあまりにも無邪気なだけだと分かるからだ。
メイリンは、両手をラッコのように握り締めて小さくなっていた。ぴったりくっつくほど強引にされたので、熱いと思えるほどの体温が直に伝わってくる。彼の体を流れている血が、きっと見た目と同じで力強いせいだろうとメイリンは思った。そして考えた。それにしても、彼の方に恥じらいが全く見られないのは、記憶喪失がそういう感情までも消してしまい、彼の場合はそうして童心までかえらされてしまったのか、それとも自分に魅力が無いせいか・・・と。
「何て呼んだらいいかしら。ねえ、何て呼ばれたい?」
「あんたが好きなように呼んでくれればいいよ。自分の名前すら思い出せないなんて、悲しくて考えられないよ。」
「そうよね、ごめんなさい。じゃあ・・・アレスって呼んでいい?」
「分かった。でも、なんで?」
「私が子供の頃にね、好きだった男の子の名前なの。でも、彼は遠い町へ引っ越して行っちゃって・・・それっきり。」
リューイがそれに何かを返す前に、メイリンはもう目を閉じて静かな寝息を漏らしていた。彼のことが気にはなるが、もはや一緒に子供心にかえらされた気分になっていたので、そうすると思い出したように今日一日の疲れが押し寄せてきたせいだ。
いつもなら、サイドテーブルにあるガラスの筒の中に蝋燭を灯して眠るのだが、今夜はランプの明るい光のままで眠ることになった。
リューイは首をひねってメイリンの寝顔を見下ろし、それから屋根を眺めて、何か思い出せはしないかと一点を見つめ集中してみた・・・が、また頭痛がさざ波のように襲ってきたので、もう諦めて眠ることにした。
隣にいてくれる者の存在に、不思議なほど癒されながら。




