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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第8章  初恋 〈 Ⅴ〉
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記憶喪失


 家に帰り着くと、少女は、今度は彼をペルからベッドへ引き摺り下ろした。頭の出血が深刻に思われたため真っ先にその手当てを済ませ、それから彼の全身をあらためた。土まみれの着衣には、強くこすられてできた汚れやほつれ箇所がいくつもある。特に太腿の切り傷はひどく、ほかにも体中にあざや傷ができているだろう。だが頭部の外傷とそれ以外にひと目で分かるのは、手足や顔のり傷だけ。胴着から伸びている右腕のものも大きいが、体の方は・・・。


 ただでさえ、同じ年頃の若い異性と接することがあまりない素朴な少女は、ほおが赤らむほどの抵抗を感じつつ彼の上着のおびを解き、合わせ目を引き開けて・・・思わず息を呑んだ。腕の筋肉の盛り上がりや、ややはだけていた胸のたくましさを見ただけでも想像はついたが、その綺麗な顔には不釣り合いな強靭きょうじん体躯たいくが露になり、驚いて目をまたたいた。


 とにかく、まずは汚れを取りのぞいて手当てをしないと・・・。少女はそう心の中でつぶやいて、ぎこちないながらも彼の顔や体を濡れタオルで丁寧にいてやり、目に見える傷の一つ一つにそっと薬を塗っていった。


 謎の金髪青年・・・リューイは、不意に痛みを感じて身じろいだ。

 そして、ぼんやりと目を覚ました。


 真っ先に目に映ったのは、低い屋根。それから、知らない少女の顔が視界に入ってきた。腰まであるキャラメル色のストレートヘアーに、んだ緑色の瞳で、美人というよりも可愛いの方が似合う、性格の明るそうな顔をしている。


 リューイが気付いて目を向けると、今度は、彼のその澄みきった青い瞳と、寝顔(?)よりも魅力的な容貌ようぼうにいよいよ体まで火照ほてりだすのを感じて、少女は思わず視線をそらした。


「あんたは・・・誰だ?」

 リューイは少し間延まのびした口調でたずねた。


「わ、私はメイリンよ。メイリン・モア。あの、頭からちょっと出血してて、足も怪我してて、腕も少しひどいけど、ほかは大したことないわ。り傷ばかりよ。あ、でも骨折とか、大丈夫?もし動けるようなら明日帰ったらいいわ。もう夜だし。」


 その時メイリンは、とたんにドキドキしだした胸のおかしさのせいで全くまとまりなくしゃべり出したうえ、自分の鼓動こどうに負けないくらい早口はやくちになってしまった。


 一方のリューイは無反応で、まだ呆然ぼうぜんとしている。何のことか分からない・・・といった顔で。


「ねえ、どこから来たの?」


 そうきかれて、ようやくリューイは口を開いた。


「分からない・・・。」と。


「え・・・。」

 メイリンは眉根まゆねを寄せる。


 そこで突然、リューイはバッと跳ね起きた。痛みと同時にいろんな感情がいっきに襲ってきたせいで。いちばん不安が大きかった。途方とほうもない不安、それに恐怖や悲しみ、孤独感、知っているはずのものが何一つ浮かんでこないのである。ひどく動揺していると、さらに突き刺さるような頭痛がした。リューイは頭をつかんでうつむいた。


 何も知らない、何も分からない。親も兄弟も、自分の家も。頭の中が真っ白だ。自分のことすら分からない。名前さえも・・・。家や家族、それに生活・・・といった概念がいねんはある。だが、自分はどこに住んでいて、周りには誰がいて、何をしながら生きていたのか・・・というような中身がさっぱり分からない、つまり個人的な情報が完全に失われているのである。


「俺は・・・俺・・・。」


 メイリンは驚いて彼を見つめていた。


 記憶喪失・・・。


 そう確信した時、彼は頭を抱えたままうつむいたかと思うと、そのうえおびえるように震えだしてしまった。


 動揺して心細そうな体から聞こえてくるのは・・・嗚咽おえつ? 

 見るに忍びなくなって、メイリンは優しく手を差し伸べる。


「大丈夫よ。きっと一時的なものだわ。すぐに思い出せるから。ね、落ち着いて。」メイリンは彼の頭を抱いてやり、わざと明るい声をかけ続けた。「それまで私たち一緒にいましょ。一緒にご飯を食べながらお話したり、一緒に散歩したり・・・思い出せるまで。ほら、何も怖くない。だから安心して・・・ね。」


 彼女のサラサラした長い髪が、慰めるように顔にふりそそいできた。その中で、リューイは息をしゃくりあげて泣いていたが、彼女が懸命にかけてくれる言葉のおかげで少し冷静になれると、ゆっくりと顔を上げて彼女を見た。その優しいほほ笑みにも、リューイの心は不思議といやされていった。


 メイリンの方も、先ほどまでの戸惑いや胸の狂いようはどうしたのか、ふと気付けば治まっている。それどころか、たちまちかれてしまった彼に対して、大胆にも自分の方から抱き締める・・・なんてことをしてしまったのは、男の人が泣く姿を見て〝母性本能がくすぐられた〟というものだろう。守ってあげたいという衝動に突き動かされたからだ。まるで自分に背の高い弟ができたような気分だった。


「落ち着いた?」と、メイリンは微笑した。


「ああ・・・ありがとう。」


 子供のように鼻をすすり上げ、手のこうで涙をこすり取ったリューイは、それからさっきの彼女の言葉や様子を考えて、こうきいた。


「あんたは、俺のことを・・・知らないってことだよな?」


「ええ、あなたとは初対面よ。今夜、この森で倒れていたあなたを、たまたま見つけただけ。」


「倒れていた?」


「そうよ。ここはメルクローゼ公国にある、バルンと呼ばれる森の中なの。あなたは、この森の崖下がけしたで倒れていたのよ。たぶん、上から落ちたんじゃないかしら。でも、それで生きてるなんて信じられないから、上によじ登ろうとして途中で落ちてきたのかもね。そんな人、わけ分からないけど・・・。」    


 リューイはしばらく考えてみたが、やはり何も思い出せなかった。










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