妹の恩人
ダルレイの誤算。
それは、カイルが精霊使いでもあるのを知らなかったことだ。術使いとしてはまだ未熟に見える若さでも、呪怨による様々な事態を解決した経験のある、一人前の精霊使いであることを。
そしてレッドは、呪いを送り返す術があること、それをテオが使えることを知らなかった。
リューイは、芝生の上に力無く大の字になっていた。シーナは、そんなリューイの胸の上でぐったりとしている。リューイには、その時何が起こったのか分からなかった。落下するあいだは魔物のおぞましい呻き声や舌なめずりがしきりに聞こえていたが、突然それは、聞くにたえない凄まじい断末魔の叫びへと一変した。そして、地面に叩きつけられて激痛に歯を食いしばった時には、辺りはもうひっそりとしていたのである。
リューイは痛みのせいで顔をゆがめながらシーナの頭にそろそろと手を回し、頭だけを上げてシーナの顔をうかがった。気を失ってはいるが、自分の体が上手く下敷きになっているので、どうやら五体満足らしい・・・。
リューイは長くそうしていることができずに、また地面にがくりと頭を付けた。
そこへ、駆け足の音が響いてきた。
それに気づいたリューイは、そのままそちらに顔を向けてみる。
エミリオとロザリオが、血相を変えて駆け寄ってくるのが見える。
「君、大丈夫か!」
ロザリオが傍らに膝をついて言った。
「命は、どうにか・・・。」と、リューイは苦笑した。
「リューイ・・・まさか。」
そう呟いて、エミリオは外壁を見上げる。
「シーナが落ちてきたから・・・。化け物から逃げようとしたみたいだ。」
「それで君が受け止めてくれたのか?」
ロザリオが言った。
「っていうか・・・途中から一緒に落ちてきた。けど・・・シーナはたぶん大丈夫だ。どこも何ともないよ。」
リューイは時々、痛みに顔を引きつらせながら答えた。
エミリオとロザリオは、顔を見合わせた。何があったのか、分かるようで分からないといった顔を。
「とにかく、テオ殿のところへ行こう。歩けるかい。」
エミリオが言った。
「肩を貸してくれ。」
「もちろん。」
火傷を負っている腕でシーナの背中を軽く支えたロザリオは、少し無理をしなければならなかったが、ほとんど無事な方の腕ひとつでその体をすくい上げた。だが生きていてくれたことが嬉しくて、火傷の痛みは気にならなかった。そして、妹の命の恩人には心から感謝した。
そのリューイの左肩一一 もともと怪我をしている方 一一 に、エミリオはそのまま腕を回そうとしている。
「いてえっ、エミリオ、そっちじゃない!」
「ああ、すまない。」
エミリオは気付いて、あわてて右側へ。
よろよろと立ち上がったリューイは、らしくないすっかり参った様子で、エミリオにそっくり体重をあずけて歩いた。




