ダルレイの誤算
「最終的に、ヤツは恐らく多くの人間の命を救おうとするだろう。それによって、運がよければ伯爵にも助かる可能性がある。だがヤツが戻った時、まだ若く有望なその息子はすでに焼死体だ。」
全てを見通した、自信に満ちたダルレイの声には、レッドは もはや怒りではなく恐怖を覚えた。呪いを解けば、ロザリオが死ぬ・・・そんな・・・罠のような呪いがあるのか。
「そんな呪いがあるのか・・・という顔をしているな。あるとも。〝 呪いの連鎖 〟だ。もっとも、黒い本の中にだけだが。妖術の書は、私が手に入れたもの以外にも、まだいくつか存在している。ヤツも恐らく読んだことはあるだろう。それを止める方法ならば、ほかの呪術にもある・・・が、これがそうだと、そんな葬られたはずの本に書かれていることに、ここへ来て気づくことができるかな。それを思い出すのは、祭壇を壊したあとだ。」
ダルレイは、機嫌よく勝手なことをしゃべり続けている。だがその憎らしい声も、今はレッドの頭に入ってはこなかった。
「そして、ヤツがグレーアム伯爵のもとへ戻った時、自分が何をしたか、はっきりと理解することになる。伯爵の息子を自分が殺したと知ったヤツは愕然とし、手段を誤ったことを後悔して打ちひしがれるだろう。つまり、ヤツは初めて失敗する。結局、ヤツはどうしたって全てを救うことなどできない。何をとっても、ヤツは苦しむことになるのだ。己の無能さを呪いながら、悲惨な記憶に一生苛まれ続けるがいい。死よりも辛いことになるぞ。ふ・・・ふふ・・・ふははは。」
レッドは途方に暮れた。どうしたらいいのか分からず、今更このことをカイルに教えに走ることもできない。自分たちよりも先に行ったのだ。きっと、もう・・・遅い。
「そこを空けろ。間もなくあわててここへ来るヤツに、最後にひとこと教えてやらねばならん。どんな顔をするか見ものだ。そして、お前はここで死ぬ。今度こそな。私が呼べば、たちどころに僕が現れて、お前など呆気なく食われるだろう。父親と同じように、化け物と戦って死ぬがいい。」
「こいつ・・・。」
レッドは再び剣の柄を握り締めた。
「私の勝ちだ。」
その時、不意にレッドの背後で声がした。
「どうかな。」
ギルだった。
後ろにはカイルもいる。
「あなたは一人だ。気の毒だが。」と、ギルは言った。
「なんだと。」
「呪いは、たった今解いた。」
「・・・ふ・・・ふふ・・・やはりそうきたか。当然だろう。今頃、伯爵の屋敷では面白いことが起こって ―― 。」
不意に、ダルレイが言葉を切った。ギルの顔から視線を外して、目を凝らすような表情をしている。そして・・・
「ヤツはどこだ・・・。」
と、ひどく動揺しながらつぶやいた。
「まさか・・・。」
ギルは顔をしかめた。
「何を言ってる。」
「ギル、大変だ! ロザリオに呪いが向けられ ―― ⁉」
レッドがそう叫んでギルの顔を見た時、ギルが目を大きくしてビクッと一歩下がった。
その目の向くところを、レッドも反射的に振り返って見た。
すると同時に、凄まじい悲鳴が・・・!
「うああっ・・・!」
何がどうしたのか、ダルレイの腕やら足から炎が出火しているのである。それは瞬く間にメラメラと燃え上がり、見る間にダルレイの体を呑み込んでしまった。
「ううっ・・・くそっ、ぐあっああっ・・・!」
ダルレイは両膝を折って倒れこんだ。
カイルもカイザーも、その姿をおののいて見つめている。
火だるまとなったダルレイは狂おしくもがき、滅茶苦茶にのた打ち回ったあと、驚いたことには、焼けただれていく手を必死に伸ばして立ち上がった。ふらつきながら窓縁につかみかかり、そして、開いた窓から身を乗り出したのである。
しかし、その下に助かるようなものは何もない。中庭の外壁沿いには、細い枝を茂らせている低木が並んでいるだけだ。そもそも、この超自然の火は普通には消せないと、ダルレイも知っている。
やがて紅蓮の炎の塊と化したダルレイは、夜よりも暗く冷たい、漆黒の奈落へと転がり落ちていった。




