呪いの連鎖
つうっ・・・⁉
ハッと自分の体を見下ろして、ロザリオは焦った。熱い・・・!かと思うと右腕から、突然、炎のようなものが上がった。
なぜ・・・!
「あ・・・ああっ・・・!」
わけも分からず皮膚を焼かれていく恐怖と苦痛のあまり、ロザリオは取り乱して悲鳴をあげた。耐えがたい痛みとともに袖が焼け、火が燃え広がってゆく。不意に生まれた気味の悪い黒い火が、まるで生き物のように。
「これは・・・!」
テオも思わず目を奪われた。
周りにいる者は驚いて数歩あとずさりし、素早く動くことができた何人かは炎を叩き消そうと上着を脱いでいたが、なんの前触れもなく現れた炎は、ただで消すことなどできない。
呪い・・・それも妖術によるものだ。テオは即座にそう判断した。
それはあまりに不自然にもかかわらず、放置すれば触れたものを燃やし尽くす火と同じ性質をもつ。物理的な方法ではどうにもならない。
やむ無く、いったんドレイクから呪力を切り離したテオは、冷静にロザリオの状態を見すました。幸い、この手の呪いにならば、《《アレ》》を使うことができると分かった。下手に対抗して消そうとすれば、苦痛を長引かせてしまう。早くしなければ、ほかの部位からも出火が始まる。
そこでテオは、呪いを跳ね返す、つまり、ただちに送り返す術を使うことにしたのである。悪魔の術にここまでのめり込んでいたことには驚いたが、しょせん即席の術使いでは、それをさらに返してくる知識や技術まで、防御力までは身につけていないだろうと踏んで。
一方、テオが離れたとたん、いよいよドレイクも苦しみだした。浅い呼吸しかできずに瀕死の状態でもがいている。
「うう・・・うっ・・・!」
思わず駆け寄っていたエミリオは、なにかできることは、楽にしてやれないかと考えたが、なんの力にもなれそうにない。霊能力を身につけているだけでは何も救うことができないのだ。
耐えられるか・・・と心配になったエミリオは、今はロザリオを助けようと、そちらを向いて呪力を放っているテオの姿を見た。流暢に唱えているものは、カイルが口にするのとはまた違う呪文なるもののように聞こえる。それに、両手の指先を複雑に組み合わせて ―― 印を結んで ―― いる動きはより早く、それにもかかわらず一点の危うさも無いように感じた。
すると、間もなく。
なんとも呆気なく、炎がスッと消えたように見えた。まるで瞬間移動したようにだ。
エミリオが伯爵に目を向け直すと、顔じゅうに脂汗をにじませながらも、呼吸は深く落ち着いたものに変わっていた。
エミリオはホッとした。間に合った・・・と。
ただ、ロザリオの方は、少々ひどい火傷を負うことになってしまったようだ。顔をうかがうと、ショックでやや呆然としている。皮膚が真っ赤に腫れ上がった腕を軽く上げて、無意識にも着衣でこすれないようにしているが。
「診せてみなさい。」
テオは、先ほどまで自分がいた丸椅子にロザリオを座らせた。そして、ドレイクのために用意されていた水桶に手ぬぐいを浸して、それを焦げた着衣の上から腕の火傷に慎重に巻きつけていく。
「終わったのですか・・・。」
エミリオは、場が静まり返ると同時に嫌な胸の悪さがなくなったので、そう思ってきいてみた。
テオは、はっきりと一つうなずいてみせた。
「うむ・・・。今の炎は、呪いによるものじゃあ。わしも今思い出したが、恐らく、〝 呪いの連鎖 〟が発動した。妖術の一種じゃが・・・とにかく、向こうへはカイルに行かせて良かった。わしも、これがそうだと、現場を見ても気づけんかったじゃろうから。」
その時、ドレイクが自力でゆっくりと体を起こした。ずいぶんだるそうではあったが、顔に血の気も戻っている。
エミリオはあわてて背中を返した。
「リューイとシーナを探してきます。」
ロザリオも勢いよく立ち上がり、まだ腕を冷やしている状態のままあとに続いた。




