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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第2章  邂逅の町  〈Ⅰ -邂逅編〉
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戦友


 建物もまばらな田園風景の中をしばらく行くと、やがて視界一杯に、たわわに実った果樹園が広がってくる。


 その中を真っ直ぐに通る丘の道を、まだ日差しの強い昼下がりに、のんびりと進む一人の少年がいた。肩からげた大きなカバンに手を添えて、陽光を受けてきらきらと輝く、よくれた葡萄ぶどうの実を眺めながら歩いている。


「ようカイル。今、帰りかい。」


 いきなりそう声をかけられて、その少年カイルが声のした方を見やると、葡萄畑の中から一人の農夫が駆け寄ってくる。がっしりした体格の中年男性で、肩までそでまくり上げて露になっている腕も、畑仕事だけできたえたとはとても思えない逞しさを見せている。よく日焼けして黒光りしているその手は、一房の、大きな実をぎっしり付けた立派な葡萄を持っていた。


「うん、今日はウェズリーの住宅街まで行ってみたんだ。」

 その農夫に向かって、カイルは声を張り上げた。


「そりゃあごくろうなこった。どうだい、一つじいさんに持って行ってやりな。」


 葡萄のふさかかげてそう声を大にしながら、農夫も果樹園の坂道を下りてきた。


「カイルのおかげで、女房の具合もすっかりよくなったよ。だから、ほんの気持ちだ。あんたは金を取らないから。」


「うわあ、ありがとう。」

 カイルは遠慮なく大喜びでそれを受け取ると、一粒つまんで口に放り込んだ。

「それで、奥さんは順調?」


「ああ。もうすぐ・・・生まれそうだ。」

 少し照れ混じりに微笑ほほえんで、農夫は答えた。

「やっと無事に。」と。


 カイルは目を細くした。

「よかった。」


「俺が父親になれるのも、あんたやじいさんのおかげだ。あの時はもうダメだとあきらめかけたが・・・ほんとに、なんて礼を言ったらいいのか。」


 するとカイルは、「あきれた。」と返して、ムッとした。「たぶん、そんなふうに思ってたのは、おじさんだけだよ。だって、彼女は決して諦めなかったし、その子もね。懸命に生かし、生きようとしてた。僕もおじいさんも彼女の中の可能性を救うことができたのは、だからこそだよ。そんな弱気で例えば戦場なんかに立ったら、すぐにやられちゃうんじゃないかなあ。」


 カイルがあえてそんな皮肉を言ったことを、農夫も分かって苦笑した。

「きついな。あんたは、間違いなくじいさんを超えるよ。」


 カイルはニヤっと笑って応えた。それから手を振ってさよならしようとしたが、ふと思い出して、げかけた手を下げると同時にこう言った。

「そうだ、さっき、おじさんの知り合いの小料理店にさ・・・」


「ニックのところか。」


「そう、そのニックおじさんの店に、友達が三人来てたよ。と言っても、一人は小さな女の子だったけどね。で、一人は金髪の二十歳はたちくらいの人で、もう一人も、同じくらい若い精悍せいかんな人だったな。二人共それこそ戦士みたいないい体してたけど、その人が大切だって言ってたあの子・・・妹にしては幼かったなあ・・・。あ、僕が何で知ってるかっていうとね、その子が発熱しちゃって、それでたまたま ―― 」


「ち、ちょっとカイルッ。」

 少年の両肩をいきなりつかんで、農夫は話をさえぎった。


 突然のことに驚いて、カイルも硬直したまま彼の目をのぞき込む。


「その精悍せいかんな男・・・ひたいに赤い布してなかったか。」と、農夫はきいた。


 カイルの目に、それはすぐに浮かんできた。するどい切れ長の瞳と、その上に確かにあったものが。


「うん、してたけど。」

「レッドだ!」。


 やにわにそう叫んだ農夫の面上には、何よりも驚きが強く表れていた。しかしあとには、それに喜びのほかいろんな思いが入り混じってきて、みるみる複雑な表情になっていった。


「おじさんも知り合いなんだ。じゃあ、あの人いつもあの布してるんだね。」


 カイルのこの言葉は、農夫の耳には届いていない。その視線もこの時、カイルの顔からは明らかにズレた所にあった。


「そうか、あいつ・・・だが、どういうつもりで・・・。」


 農夫は、カイルには意味不明の独り言をつぶやいている。


 肩をつかまれたままのカイルは、その肩をすくった。

「おじさん、僕そろそろ・・・。」


 ハッと気づくと、彼はやっと両手を下ろした。

「おお、悪い。」


「それじゃあ、お仕事頑張ってね。」


「おう、お前もな。」


 農夫と笑顔で別れたあと、丘の坂道を上がりきったカイルは、やがて小さなアーチの橋を渡った。さらさらとゆるやかに流れる小川にけられた橋。それを渡って少し行くと、右手に、ぽつんとたたずむ平屋作りの家がある。木材と煉瓦れんがで建てられたそれが、カイルとその祖父の住居だった。







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