呪詛のあとかた
地下へと続く扉を見つけて開けてみると、たちまち強烈な悪臭の一撃を食らう羽目になった。その耐えがたい臭いは地下の通路中に充満しており、ギルとカイルの二人は、意を決して降りていくまでにしばらく時間をとってしまった。
地下には、魔物が開けっ放した扉から蝶番の不気味に軋む音が微かに響いている。それ以外は異様に静まり返っていて、警戒するギルとカイルのこめかみには汗が滲んだ。
問題のその部屋へは、すぐにたどり着くことができた。
貯蔵庫か物置部屋らしい地下牢のような冷たい石畳の部屋で、真ん中の奥に、どっしりとした黒石の祭壇があった。長い蝋燭がいくつも灯されたそれには、話に聞いていた通りの何か大きな獣の死骸と、二つの壺が載せられている。
恐ろしいことには、その野獣の肝が綺麗に抜き取られていた。まだ生々しくて、屍肉にしても、そう何日も経っていないように見える。
推測するに、それが生贄にされたのは、グレーアム伯爵が倒れた頃のことだろうと考えられた。
ギルは、血まみれのその死骸と同じく、丁寧に供えてある二つの壺も気になった。何となく予想はつきながらも、怖いもの見たさでそろりそろりと蓋を開け、どちらものぞき込んでみる。
一つは口の下までたっぷりと赤黒い液体をたたえ、そしてもう一つには・・・。
ギルはそれを見るや、やはりと思いながらも、うっ・・・と顔を背けずにはいられなかった。
たちまち鼻をついた強烈な悪臭もさることながら、中にあったのは抜き取られた肝臓だったのである。それらは鼻がひん曲がるひどい臭いを放ち、ギルは急激に気分が悪くなって眩暈を起こした。
「なんて不気味な部屋だ。カイル、さっさとやっちまってくれ。」
ギルは以前の苦い経験から、こうしている間にも、祭壇の中からまた怪物が飛び出してくることを恐れ、急かした。
言われるまでもなく、灯りのもとでも点けっぱなしだったランタンを床に置いたカイルは、立て膝をついて腕を動かし、すでに呪文を唱え始めている。
まず始めるのは防護壁となる結界を張ることだが、今回は身のまわりだけでいいとはいえ、リサの村でやったように人の手を借りることもできないので、強力なものは作れない。とにかく素早く終わらせることが先決だと、カイルは考えていた。
ギルも気を引き締め、抜かりなく構えた。また怪物(妖魔)が襲ってくるなら片っ端から排除してやる。カイルがやり遂げるまででいい、なんとしても邪魔はさせない、と。
そうして、すぐ。呪文を唱える声が急に深みを帯びたように思われ、ギルは祭壇へと向けていた視線をふと変えて、カイルの様子を気にした。ややうつむいて一心不乱に印を結び続ける姿は、なるほど、全力で神秘なる力を放っているように見える。
すると、祭壇から黒紫色の炎が真っ先に立ち昇った。それだけではない。同時に中から身の毛もよだつ狂気じみた絶叫が上がったのである。やがて速やかに亀裂が走り、黒い祭壇はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
そうして、いち早く浄化に成功したカイルは、異常に荒い息をついていた。自然の光がいっさい射しこまない地下で、最短での完遂が求められる呪詛の浄化。体力も呪力もいっきに使う。だが、強い戦士たちに守られてきたおかげで、これまで少しも呪力を使わずに済んだことが幸いしたようだ。上手くいった。
これで終わった・・・とばかりに佇んだ二人は、どっと押し寄せてきた疲労感に呆然として、まだ小さく残る炎と残骸をしばらく見つめていた。




