因縁 ― よみがえる悪夢
ついにその部屋にたどり着いたレッドは、荒々しくドアを蹴破った。
落ち着き払った男が一人、窓辺に立っていた。病的な顔色の五十代半ばほどの男。その男は不適にほほ笑んで、穏やかでない訪問者二人を堂々と迎えた。
「私を捕まえに来たか。伯爵家の犬ども。」
男はいかにもという様子で、そう言ってきた。
ところが、レッドは愕然とした。その男の顔を見るなり、とてつもない怒りがこみあげ目がくらんだ。あまりに突然のことで、声も出なかった。動機がおかしくなり血がサッと逆上して、レッドは気が狂わないよう耐え忍ぶのがやっとだった。
その男の顔・・・違いない・・・もとガザンベルク帝国の総督、ダルレイ〈ダルレイ・カーネル・サルマン〉。ダグラス将軍(※1)がそう呼びすてていた男の顔と名前をしっかりと脳裏に焼き付け、心の中で来る日も来る日も呪うように罵倒し、悪態をつき続けた。
いつか・・・いつか、きっと殺してやる・・・。
子供の頃、レッドは本気でその男を見つけ出し、地の果てまでも追いかけるつもりでいたのだ。
だが、ライデルやその仲間と過ごす中で、いつしか前向きに生きられるようになった。
なのに、どんな運命の悪戯か、今その悪魔がすぐ目の前にいるのである。
カイザーはレッドのこの異様な様子に、眉をひそめてじっと見ていた。ついに諸悪の根源を懲らしめられるというのに、レッドは相手をもの凄い形相で睨みつけたまま固まっている・・・。
一方、ダルレイの方では、威勢良くやってきたはいいが、いざという時になって竦みあがってしまった、ただの情けのない姿にしか見えなかった。
「どうした、お前。私に恐れをなしたか。」
「父さんや母さんを、化け物に食らわせたのか。」
低く険しい声で、唐突にレッドはきいた。
「なんだと・・・。」ダルレイはまじまじとレッドを見て、顔をしかめる。「きさま、どこかで見たような面だな。」
「見たようなだと?救いようがねえな。町一つをゴミのように焼き払ったことも、ろくに覚えてねえとはな。」
ダルレイの面上に、一瞬、驚きがよぎった。
「そうか思い出したぞ、あの時のガキか。なぜ生きている。始末したはずだ(※2)。」
「ダグラス将軍に聞きな(※2)。」
その名前を聞いたとたん、ダルレイはむしずが走る思いであからさまに渋面を浮かべた。
「あいつか。どこまでも忌々《いまいま》しい男だ。」
「奴隷たちを食らわせたのか。」
ダルレイは冷ややかな眼差しで、疎ましそうにレッドの切れ長の瞳をにらんだ。
「相変わらず気に食わぬ目だ。」
「答えろよ。」
「ああ、食らわせたさ。目障りだったんでな。私には必要のない奴らだ。」
顔色ひとつ変えずに、ダルレイはそう言ってのけた。
凄まじい憎悪が胸に殺到して、レッドは身を震わせる。
「ふ・・・冥土の土産に何でも答えてやるぞ。」
レッドははらわたが煮えくり返る思いだったが、必死で冷静になった。悔しいが、確かに知りたいことが幾つかあったからだ。
「妖術ってのは大陸中で禁じられている犯罪行為と承知のはずだ。そんなものに手を染めて何を企んでた。」
レッドは唸るようにきいた。
「教えてやろう。私は霊能力というものをもつ者たちが羨ましかった。だが私は、その妖術によって相当の力を得ることができた。そして皇族を私の下に置き、皇帝を利用してガザンベルク帝国を我がものにするつもりだった。ガザンベルクはノース(エドリース)では昔から強い勢力を誇っているからな。だがジェラールめ、厄介なヤツを連れて戻ってきおった。あの神精術師だ。ヤツの仕業によって祭壇を破壊され、私が苦労して築き上げた力や計画を、ほんの一瞬で台無しにしてくれよった。そのあと、この町へ命からがらたどり着くまでの地獄のような日々。奴が憎くてたまらんかった。しかし、こうして復讐の機会に恵まれるとは、ついていた。自分の方からののこやってくるとは、愚かなヤツだ。」
「もういい!」
レッドは聞くに堪えられなくなり、感情を剥き出しにして怒鳴っていた。
「何が地獄だ、ただの自分勝手な妄想が招いた当然の報いだろう!てめえに見せられた俺たちの地獄は、そんなもんじゃねえぞっ。」
だがダルレイは饒舌になった。
「私は、ヤツがこの町に来たと知ってから一年以上かけて、この日の為だけに血を溜めてきたのだ。呪いの術に磨きをかけ、より特異な魔物を作り上げる研究にも精を注いだ。しかし光に強い魔物を作ろうとして、試しに白昼の街に二度連れて行った時には、どちらも気が狂いおって勝手に暴走しおったがな。」
「てめえ、そんなことでリューイを・・・。」
「全ては、ヤツに無力感と敗北感を味わわせてやるためだ。奴は恐らく失敗を知らないだろう。人々に頼られ、神のように崇められていい気になっている。無力に終わった日には、その記憶が一生ヤツを苦しめてくれることだろう。今夜、あの屋敷に何が起こると思う。」
レッドは眉間にきつく皺を寄せたまま、ひたすらダルレイをねめつけている。
「ヤツを見つけてからというもの、さらに呪いを学んだ私は、様々な方法を覚えたのだ。あの男、グレーアム伯爵の呪い・・・それを止めるには、祭壇を壊しに来ねばならん。そして魔物どもを止めるにも、やはり祭壇を壊さねばならん。伯爵の呪いは呪術で抑えることはできようが、その間に魔物どもは襲撃をしかけ、それを止めに祭壇を壊しに来れば、その間に伯爵は死ぬぞ。ヤツはどうしている。もう一人の医者、巡回診療ばかりしているあの孫の小僧に、この妖術に対抗できるだけの力はないだろう。さあ、どうする。私を殺すか?殺してどうなる。それとも、お前に呪いが解けるか?解決策を練っている間に、あの屋敷は阿鼻叫喚の地獄と化すぞ。あの日のようにな・・・ふ・・・ふはは・・・。」
「いかれてやがる・・・。」
レッドは、ついに剣を構えた。
「それでも殺してやりたいが、捕えろとの命令だ。観念する気がないなら、腕ずくで抵抗できないようにしてやるぞ。」
しかしダルレイの次の言葉が、レッドにそれ以上をさせなかった。
「おい、せっかく答えてやっているんだ。もう少し話を聞け。もう一つお楽しみがあるというのに。もし、ヤツがグレーアム伯爵を見捨てて祭壇を壊しに来れば、その息子のルーヴェン子爵(※3)も死ぬぞ。炎に包まれてな。」
(※1)ダグラス将軍 = ジェラール・ダグラス・リストリデン / リストリデン侯爵
(※3)ルーヴェン子爵 = ロザリオ・ルーヴェン・グレーアム
(※2) 参照:『アルタクティスZERO / 外伝 1 天命の瞳の少年 第1部 』 一
「3.処刑命令 」 「4.ガザンベルクの騎兵軍大将」




