カイザー
中は、ひどい有様だった。それなりに立派な大富豪らしい邸宅だが、魔物が気儘に行き来したと思われる開いたままのドアがところどころに見られ、部屋や廊下に踏み倒された調度品が無造作に転がっている。それに、カーテンが無残に噛みちぎられているのは最も不気味で、明かりが無ければもはや幽霊屋敷と変わらなかった。
その中を、最初は闇雲に走っていたレッド。だが中庭に面した回廊に気付いた時、不意に立ち止まった。勘が働き、中庭へ飛び出して視線を上げると・・・。
窓越しに、一人の男の影。
「いた・・・。」
レッドは、カイザーを促してすぐさまその部屋へ向かった。
あれからというもの、運よく化け物に出くわすこともほとんど無い。
するとカイザーは、こんな時に話していいものかどうかと迷った。実は、一つ、レッドに伝えたいことがあったのだ。だが、互いに剣を握りしめて戦っているこの状況なら話しやすいとも考え、思いきって口を開いた。
「レッド・・・俺は、前にも一度会っているんだが・・・覚えていないだろうな。」と。
「え・・・。」
レッドは驚いたようにカイザーを見た。
「正確には三度目だ。二度目は以前、この町でたまたま見かけただけだった(※1)。二年前のベルギリアとの戦なら覚えているか。ベルギリアの部隊を率いていた男が、俺だ。」
「あんた・・・。」
レッドの脳裏に、過去の血生臭い記憶がよみがえった。そこでレッドは隊長として、同じく敵の司令塔である男と、互いの戦力がぶつかり合う混戦の中、誰にも手出しのできない一対一の勝負をした。苦戦を強いられた戦だった。すっかり雰囲気が変わっていたので気付かなかったが、その男の腕と手強さには忘れられないものがあり、今でもその感覚は体の方がよく覚えている。
「傷はよくなったか。」と、レッドはきいた。
「覚えていたか。」
「たった二年前のことだ。忘れやしないさ、強い男のことは。けど殺したと思ってた。」
「俺は人一倍しぶとくて運がいいんでね。実は今、けっこう気に入ってるしな、この傷痕。生き恥にもとれるだろうが、数々の死闘を潜り抜けてきた戦士の証とも言えるだろ。こういうのがあった方が貫禄でないか?」
「ふ・・・へんなヤツ。」
「おかげで・・・あれから強くなったぞ。」
「あの国の者じゃなかったのか。」
「俺も傭兵だ。だが、あの国は負けて良かった。金のために働いたが、エドリースの国の多くは気違いじみている。その中で、ロザナリアのような いくつかの秩序ある良識な国は気の毒だ。」
「俺もそう思う。」
二人の心に、過去のわだかまりや悪感情は全く無かった。互いに任務をまっとうしようと、よく戦った。だからむしろ、今となってはさっぱりした気持ちで二人は精悍な笑みを交わした。
※1 『外伝2 ミナルシア神殿の修道女』 ― 「二刀流の鷲」




