妖魔の襲撃
夜が訪れる前に、ひたひたと闇はやってきた。たなびく黒い霧の中に、無数の赤い光が蠢いている。どれもこれも、殺戮の機会をうかがう血に飢えた魔物の目だ。それらに取り囲まれた屋敷に逃げ場はない。魔物の群れは今夜こそは餌にありつけると思い、固く閉じられた扉や窓を、どう破ってやろうかと思案しながらうろついている。草木まで怯えて息を潜めるように そよ ともせず、そこから聞こえてくる魔物の呻き声で、館内はいっきに張り詰めた恐怖と緊張感に包まれた。
どれだけ無事でいられるかは、もはや時間との戦い。
「ロザリオ様、例のケダモノが次々と集まっています!」
庭園にいた警備員が駆け込んできた。
その報告を受ける前にはもう、ロザリオは二階の窓から下を見つめて立っていた。
「向こうから来たか・・・。すぐに屋敷にいる者を会場へ。これより作戦を開始する。」
そう命令したロザリオ自身も、避難場所に指定したその場所へ向かった。
一方、すでにこの屋敷で待機していたスエヴィとジャック、それにギルとレッド、カイザー、そしてカイルもただちに動いた。彼ら戦力となる者たちは、魔物を中へ入れないように、二階から縄梯子を途中まで下ろしてそっと外へ出たが、気配はすぐにかぎつけられた。大きな猪のような体に赤い目をした獣が、建物の陰や生垣の後ろから何頭も近づいてくる。スエヴィとジャックは、その見たこともない奇っ怪な姿に仰天して、対面するなり危うく最初の一撃をかわし損ねるところだった。
そこを突破するのは容易ではなかった。身構え直す暇すらなく、たちまち過酷な襲撃がしかけられる。だが呪いを解くために、カイルを守るフォーメーションを組んだ彼らは、ひっきりなしに襲ってくるそれらを押しのけ、ひたすら叩き斬りながら、この恐怖を終わらせることのできる場所へ向かって走った。
先頭はギルとレッドが務めた。二人は絶妙な無言の連携攻撃で、確実に突破口を切り開いていく。
ギルの戦いぶりに、スエヴィとジャックの二人は内心大きな衝撃を受けていた。そちらも見ずに脇からの攻撃をかわし、刃広の大剣を両手で、片手で自在に操ることができ、瞬く間に白刃の稲妻を打ち下ろす。その抜群の戦闘能力には鳥肌が立つほど。その姿にはレッドを知った時と同じ衝撃が走った。感動している場合ではないのに、思わず目を奪われてしまう。
屋敷に残っているほかの者たちは、全員収容することのできる最上階の大宴会場へ避難していた。特に一階の玄関と裏口、そして窓は前もって頑丈に補強してある。会場には、すでにドレイクの為の寝台も運び込まれていた。忘れてはならないのが、血の臭いをすぐにかぎつけられないようにすること。そのために、会場だけでなくほかの部屋にも特殊な香が焚かれた。
ドレイクの容体は、この時から急変した。もうほとんど土気色となった顔に、じっとりと脂汗がにじんでいる。何度も苦しそうに胸をつかんで呻いたりもした。放置すれば、あと数十分の命。当然、対抗する。そのために、テオも一心不乱に念を凝らし続けている。外で上がる物音の、何にも動じず。こうして呪いの重圧を押し返し続けるのである。孫のカイルが呪いを解くまで、何としても持ちこたえさせなければならなかった。
その頃シーナは、この騒ぎに気付いてはいなかった。シーナはこの時、別棟の書斎の奥にいた。机の上で組んだ両手に頬をつけ、開きっぱなしの本の前ですやすやと寝息を漏らしていた。




