熨された男
今朝、ギルとカイルが不在の中、屋敷の防御や役割分担などの会議が行われたあとで、レッドとリューイは連れ立って街へ出掛けて行った。特にすることのなかったエミリオとカイザーは、広い寝室で寛いでいる。カイザーは疲れを癒そうとベッドに寝転がり、エミリオは窓辺の椅子に座って読書をしていた。
そのカイザーは、ここへ来てからというもの、わざと胸の傷を隠せる服を着たり、隠すような着方をしている。普段は気にならないどころか、どちらかと言えばさりげなく見せているほどなのに、ここには、そうすることがためらわれる者が一人いるからである。
「いいかな・・・。」と、カイザーは不意に、ずっと本ばかり読んでいるエミリオに声をかけた。
「ええ。」
エミリオはページを開いたまま手元に置いて、カイザーの方へ首を向ける。
「以前、ここの伯爵の用心棒を務めたという彼・・・レッドは・・・傭兵だろう? 今は君たちと旅をしているらしいが、戦うことを止めたのかい ? 彼はしかも・・・アイアスだろう?」
「彼はずっと戦ってきましたよ。この旅の中でも。」
カイザーがまったく不思議そうな顔をしていると、エミリオは続けた。
「ここでもまた、私たちは戦おうとしている。こんなことが、これまでにもあったんです。そして、恐らくこれからも・・・。」
「え・・・。」
「そういう運命のようです、私たちは・・・。」
カイザーは、意味深に説明し終えたその顔をただ見つめていたが、エミリオはそっとほほ笑み返しただけで、また手元に視線を落とすと続きを黙読し始めた。
レッドが、戦力になるとあてにしているうちの一人、スエヴィは、運よくまだこの町に滞在していた。スエヴィはレッドの戦友で、過去には約一年間、共に戦場を渡り歩いた仲だ。スエヴィは早業を得意とし、実力も確か。実際、その腕はアイアスであるレッドも認めている。
そして、もう一人は農夫のジャック。農夫・・・というのは今の話で、もとは大剣使いの傭兵だった。その頃から何年も経っていないため、まだ腕は衰えていないと期待してレッドは戦力に加えたのだが、実は、すぐには引き受けてもらえなかった。彼はもう、独り身ではないからだ。
それでもどうにか、どちらの承諾も得ることができた。彼らには、今夜から屋敷の方で待機してもらうことになっている。
その話をつけてきたレッドとリューイは、今は、帰路をたどってトリーゴの鐘楼広場を歩いていた。広場は日の光に照らされて明るく、たくさんの出店で彩られ、行き交う人も大勢いて賑やかだ。
そんな中でも、リューイはふと殺気立った気配に気づいた。野性の本能に近い感覚で、それがほかの多くの気配に混じっていても違いが分かる。
焦りもせずに振り返ってみれば、そこには、恨めしそうな顔でとにかく怒っているスゴい見幕の男がいた。実際その男は、リューイが顔を向けるなりいきなり殴りかかってきたが、隣を歩いていたレッドに簡単に阻止されて、何も起こらなかった。
「なんか用か。」
暴漢の右腕をひねり上げて、レッドはドスを利かせた。
するとリューイは、「あ、お前か。」と意外な声。
「知り合いか?」
どういう知り合いかは凡そ察しはつくものの、レッドはきいた。
「まあな。」と、リューイは苦笑い。
その男は、リューイが白馬亭の前でひと騒動起こした時に、軽くあしらってやった連中のうちの一人だったのである。ただ、この男については軽く・・・なんてものではなかった。なんせ、この男は最後に強烈な回し蹴りをまともに食らって、リューイに泡を噴かされた男だからだ。そのあと仲間に置き去りにされたこの男に更なる災難 ―― 治安維持を担う機関(つまり警察)に通報されるなど ―― が降りかかったかもしれないが、リューイには知ったことではなかった。
「きさま、この前はよくも恥をかかせてくれたな。顔貸しな、兄貴が待ってんだ。」
あまりに落ち着き払った二人の態度に、男はカッとなって怒鳴り散らした。
「お前の兄さんが、いったい何の用なんだ。喧嘩なら御免だぜ、面倒くさい。」
リューイはあからさまにうんざりという顔。
「ふざけるな!」
「用があるなら、そっちから来いよ。お前だってこんな様にされて敵うなんて思ってねえだろ。」
呆れてレッドも口をはさんだ。
威勢の良いその怒声とは裏腹に、男はまだしっかりと捕まっているまま喚いているのである。
リューイとは違って精悍でいかにも手強そうな風貌のレッドに、やっと手を放してもらえた男も悔しいが地団駄を踏むしかなかった。
「くそ、じゃあ、待ってろよ!逃げるなよ!」
「逃げはしねえけど、飽きたら動くぞ。」と、リューイ。
一一一一 !
突然、男が離れて行くのを目で追っていた二人の間に緊張が走った。殺気というよりは、これまでにも覚えがある、おぞましくて、背筋が凍るような感覚・・・二人の表情がみるみる険しくなる。
レッドもリューイも、男が向かった路地裏の暗い場所を睨みつけていた。
「何かくる・・・。」
レッドは腰を落として、剣の柄に手をかける。
突然、リューイが地面を蹴った。
あいつだ・・・!




