表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第2章  邂逅の町  〈Ⅰ -邂逅編〉
26/587

少年名医-1



 レッドは、自分から見ればずいぶん細身で、しなやかな体格のその少年を眺めた。この華奢きゃしゃな体のどこに、そんな不思議な能力があるのだろうかと。レッドには、この目の前の少年が、霊能力など持たない自分よりも、遥かに平凡な普通の人間に見えていた。


 それでレッドは、また思わず眉間みけんに皺を寄せてしまった。

「精霊使い?あんたが?」


 カイルが振り向く。

「またそんな目で見る。」


「いや、悪い・・・つい。話に聞いたことはあるが、あんまりそういうのとは縁が無かったもんでな。」


「ていうより、僕が若すぎるからって言いたいんでしょ。新患の人にも、よく頼りないとか思われるみたいなんだよね。でも、僕はこれでも精霊術は六才から、医術は八才からおじいさんにみっちりと仕込まれたんだから。おじいさんは神精術師だけどね。それで、ずっとそのおじいさんの助手を務めてきたし、今日これからも、帰ったら午後の診察が待ってるんだ。おじいさんのもとには毎日 患者かんじゃが絶えないんだよ。だから経験も豊富ってわけ。少しは安心できた?」


 カイルはそう口を動かしながらも、手は着々と医師としての仕事をこなしていた。病状にあった薬を調合するといった作業である。正真正銘、カイルは縫合ほうごうや骨折の治療なども問題なくこなす名医だ。


 しかし、カイルがそう話したあとの反応がまた返ってこないので、カイルがまた振り向くと、レッドは、その少年がシートに広げたものや、開いたままのカバンの中身をじっとのぞき込んでいるところだった。瓶詰びんづめにされた色とりどりの粉末や、どろどろとした毒々しい色の練り薬・・・得体の知れない怪しげなものに見えてならないものに、彼は釘付けになっていた。


「説明しようか。」


「ああ、いい・・・悪い。」

 レッドは苦笑しながら首を振った。

「えっと、それで・・・容体は?」


「心当たりないの?」

「え・・・。」

「あなた旅人だよね。ここで初めて見るから。」

「ああ。」

「いつ、何でこの町に着いたの?」

「昨日だ。徒歩で。」


「疲労だよ。」と、カイルは答えた。「内臓には異常なし。幼い子供の体は小さいから、やたらに触る必要がないんだ。この町は周囲をほとんど荒野こうやに囲まれているからね。ずっと野宿してたんでしょ? それで、急にベッドで寝たもんだから体が安心しちゃって、たまっていた疲れがいっきに熱を出させた。それと環境の変化かな。荒野の夜と室内じゃあ大違いだからね。幼い子供の体は繊細せんさいなんだから、もっと気を使ってあげないと。」


 ミーアを連れてトルクメイ公国を出発したレッド。途中までは、あちこちで走り回っている乗合式の大型 ほろ馬車(この時代のいわゆるバス)を乗り継いで来ることができるが、エヴァロンの森から先は完全徒歩の旅になる。間に町は無い。


 だが、およそ百キロに及ぶ荒野までしばらくは村が点在しているので、そこで井戸から水を分けてもらったり、交渉して食料を売ってもらうことなどできる。どこの村でも家畜を育て、農業を営んでいるのが当然で、村人たちはそれにれており、利益を見越みこしたじゅうぶんなたくわえを持っている。ほかにも、燃料や消耗品しょうもうひん補充ほじゅうできる小さな店を構えている所も多い。


 カイルは、調合した薬を手際てぎわよく小分けにしたあと、その一つを水に溶いたものを持って、やっと椅子に腰掛けた。

「はい、ミナちゃん口開けて。」


 ミーアは、カイルのわざとらしくも見えるさわやか過ぎる笑顔を、疑わしそう見上げる。それから、口元に運ばれてきた器の中身を見つめて、あからさまに顔をしかめた。いかにもまずそうな、どす黒くにごった黄色い液体が入っている。


「お砂糖を混ぜてあるから。ほら、あーんしてよ。」


 そうして、カイルに後頭部を支えられると、ミーアはしぶしぶおちょぼ口を開けて、薬をすすった・・・が、その液体が口に流れ込んでくるなり、思いきり顔をくしゃくしゃにして、べそをかいた。


「・・・嘘つき。」

 派手に顔を背けて、ミーアはそれ以上を拒絶した。


「今は我慢して、これをちゃんと飲みきったら、頭痛は真っ先に治るよ。頭痛いだろ?」

「うん・・・。」

「じゃあ、これ飲んでゆっくり休むこと。そしたらすぐに熱も下がって、ずっと楽になれるから。」


 カイルとミーアがそんな医師と患者の会話をしているそばで、カイルに説教をされたレッドは、トルクメイ公国からこの町へやってくるまでのミーアを回想していた。


 しかし目に浮かぶのは、いつでもどこでも元気いっぱいに振舞ふるまう健康そのものの・・・レッドにはそのように見えた・・・姿ばかり。疲れた様子など少しもみせなかったが、本当のところはかなり無理をしていたのだろうか。そう思い、レッドは自身の至らなさを恥じて視線を落とした。


 レッドが呆然ぼうぜんと考えているその間に、露骨ろこつに顔をしかめながらも、ミーアはかしこく薬を飲みきっていた。


 カイルも散らかしたものをすっかり片付け終えて、手早く帰り支度を済ませている。


 気づけば、木製のサイドテーブルには、三角に折られた薬包紙やくほうしが八つ置かれていた。


「これから汗をたくさんかくから、こまめにいて着替えをさせてね。薬は毎食後に一袋ずつ、こうして水に溶いて飲ませてあげて。食事は食べやすいものを。明日の朝には、熱もだいぶ下がってるはずだから。」


「・・・ありがとう。」


 レッドは、この少年に対してもっと多くを伝えたい気がしたが、上手く頭の中でまとめられずに、結局ありふれたこの一言で済ませてしまった。それと同時に、今は自然な目で彼を一人前の医師として見ている自分に気付いた。


「じゃあ、僕はこれで。」

 カイルが、椅子からすっと立ち上がった。


「あ、そうだ代金・・・。」

「これからランチをいただくけど。」

「いやでも、薬が出てるし、あんたもそれじゃあ――。」

「じゃあ、ミナちゃんの病気が治ったらってことで。お大事に。」


 カイルはニコッと笑ってそう言うと、彼に返事の余地を与えず、さっさと部屋を出て行った。


 レッドは少し唖然あぜんたたずんだ。


 だがここで、もう一つ、やっと気付いたことがあった。それは、カイルのあの笑顔。患者と向き合っているその間、不思議と人を安心させられる、あの笑顔のままでいられるそれこそ、医師としての貫禄かんろくよりも名医に必要な要素であることに。


「カイル・グラント・・・か。」

 その少年の姿を思い浮かべて、レッドはつぶやいた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ