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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第7章  ガザンベルクの妖術師 〈 Ⅳ〉
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エヴァロンの森で ― 戦士の墓標


 たびたび休憩きゅうけいを入れながらも、一日に可能な限界まで馬を進ませながら来た二人は、今朝、予定よりも少し早くエヴァロンの森に到着した。


 天気も良く明るい森の中には、柔らかい光と影が織り成している。澄んだ湖の周りを青々と生い茂った野草が取り囲み、野うさぎやリスなど、矮小わいしょうな動物たちが元気よく駆け回る。そよ風になびく草木のざわめきと、揺れる水面みなも、小鳥のさえずり・・・。


 ギルはたたずんで目を閉じ、自然の歌声に耳をすまして心を清めた。


 だが、この素晴らしく平和な世界で、何やらぶつくさと文句を言っている男の声が邪魔をしてくる。


「・・・お尻が痛い・・・。」


 カイルは薬草をみながらしきりに尾骶骨びていこつでさすり、度々そうつぶやいている。というのも、たどり着く直前の五、六キロは駈歩かけあしだったから。


「馬鹿だな。馬の動きに上手く合わせないからだ。」 


 カイルは、ただ無言でうらめしそうにギルを振り返った。


 ギルは手綱たづなを引いて、馬にそばの湖の水を飲ませてやりに行った。背後では、カイルが相変わらず不平たらたらに、せわしなく薬草()みにはげんでいる。


「ねえギル、手伝ってよ。たくさん種類があって、大変だよ。」


 ギルは肩越しに振り向いて、「わからないのに、手伝えるわけないだろう。手伝える段階になってから呼んでくれ。」


「だって、日が暮れちゃうよお。」


「そもそも・・・お前、余計なものまで摘んでないか? とりあえず、今必要なものだけにしているだろうな。」


「だって、もう家には何も無いんだよ。もし違う急患が出たらどうするのさ。」


「手遅れになっちまったら、それこそ急患だらけになるぞ。」


 馬を近くの木にくくりつけてから、ギルはやれやれとカイルのそばへ歩いて行った。そして、カイルが積み上げた薬草の中から、明らかに見た目で違いが分かるものを拾い上げ、通気性の良い専用の袋に入れていく。帰ってからの種類分けが楽になるだろうと。


 昼になり、疲れも忘れて作業を続けているカイルに声をかけて、ギルは少し強引に休憩を取らせた。昼食は、残り物のナッツやドライフルーツで簡単に済ませた。帰りの携行食は、往路で一泊できた村で手に入れることができる。


 食事を終えたカイルは、また大急ぎで薬草摘みに没頭ぼっとうしている。


 帰り支度を始めたのは、午後の暗くなる前。辺りはまだじゅうぶん見えているが、なんとなく沁みる風が吹きだしたように思えた。


 薬草を入れた袋はいくつにもなり、それらは縄をかけてくらの後ろにつないだ。


 カイルに手を貸して前に座らせると、ギルは慣れた調子でサッと馬の背にまたがった。


「よし、また急いで帰るからな。疲れたろ、寝ててもいいぞ。」


「寝れるもんならってわけ?」

 カイルは呆れて言った。


「意識の無い方がまだ同調できるかと思ったんでな。案外、いい揺られ心地かもしれないぜ。」


 ギルは馬首を回したが、すぐに馬腹をり付けることはしなかった。この清らかで美しい森の中くらいは、せめて馬をゆっくりと歩かせてやることにしたのである。


 馬は単調な動きで、湖の方へと帰り道を進み始めた。


 するとある時、カイルが何かを見つけて声を上げた。

 

 それは、縦長の小さな墓石。カイルが首を向けて見ているかしの木の根元近くに、ひそやかにえ置かれてある。


「ねえ、見て。お墓があるよ。」


 ギルはやや思案したが、少しだけ寄り道することにした。この聖なる森の中に建てられた墓ならば守り神も同然。無視して通り過ぎるわけにもいくまい。


 二人は馬から下りて、木漏こもれ日の中に立った。


 墓石に彫られてある文字に自然と目がいき、それをカイルが読み上げる。


「テリー イルハザードの地に眠る」


山岳さんがく地帯の荒れ地のことだな。過去には戦場にもなって、この人はそこで戦死したのかもな。」


「ちゃんと遺体が埋まってるのかなあ・・・。」


「イルハザードの地に眠るって書いてあるんだから、埋められてあるのは遺品だろう。もし戦死なら、遺骨を持ち帰ることも難しいからな。わざわざこの、聖なる森の名が付けられた中でも恐らく最も平和な土地を選んでもらえたところを見ると、この人は平和への願いが強くて、よほど尊敬されていた人なんだろうな。」


「あっ・・・!」


 突然の奇声に、ギルは驚いてカイルを見た。

「どうした、いきなり。」


「ここって、エヴァロンだよね。」


「だよねって、お前が指示した場所だろう。」


 カイルは、レッドと出会った頃のことを思い出したのである。植物の毒に侵されたレッドを治療した日のことだ。


「そういえば、ジャックおじさんがレッドにこんなこと言ってた。エヴァロンへは寄ってきたかって。その時の二人の会話や様子が、何だかちょっと・・・何ていうのかな、おかしかったっていうか・・・このお墓、もしかしたら関係あるのかも。」


 それを聞いたギルは、ふと記憶をたどっていた。テリー・・・という名にも聞き覚えがある気がしたからだ。 


「なるほど。だとしたら、何か深刻な事情がありそうだな。下手に聞いたりしない方がいいだろう。じゃあ、行こうか。」


 ギルとカイルは改まり、肩を並べて黙祷を捧げてから、再び馬の背にまたがった。


 ギルは、またゆっくりと馬を歩かせ始める。その墓石の裏に刻まれた、切実なかすれた文字には気付かないまま。



 テリー  俺は、あんたの分まで戦うと誓う  レッド









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