リューイとシーナ
キースを探しに外へ出たリューイは、屋敷の中庭を歩いていた。
すると、一人でポツンと佇んでいる少女を見かけた。少女は噴水の水を見つめて立っているようだったが、その後ろ姿はひどく寂しそうで、どこか様子がおかしい。
気になったリューイは、その少女の方へ知らずと近付いていた。そしてすぐ背後まで来たとき、とっさに片腕を回して少女の体を引き寄せていた。目の前でいきなり膝を折ったからだ。腰が抜けたように倒れかけたその体を、リューイは素早く支えていたのである。
互いの目が合った。
少女は突然のことに驚いていたが、リューイも目を丸くしている。
「あんた・・・ここの人?」と、リューイは声をかけた。
「え・・・ええ。」
「あ、じゃあ、アレはあんたのおやじさんで、アレはお兄さんか。」
リューイは、さきほど面会したグレーアム伯爵〈ドレイク〉と、その息子のルーヴェン子爵〈ロザリオ〉のことを言った。伯爵のこの大邸宅にいる彼女は、昨日、偶然助ける形で出会った少女だったのである。
最初、後ろから彼女の腹部を引き上げるようにして支えたリューイは、振り向いた彼女の背中に手を当てて支えなおした。すぐには手を放すことができなかった。異様な振動が伝わってくるからだ。リューイは眉根を寄せた。
「あんた・・・震えてるぞ。どうかしたのか。」
リューイは、少女をそのまま噴水の横のベンチに座らせてやり、自分も隣に腰を下ろした。少女はうつむいて、震えを抑えようとするかのように両手を揉み合せている。リューイは気になり、横目に少女の顔をのぞきこんだ。
「三年前に・・・お母様が亡くなったの。」
下を向いたままの彼女の口から、そう弱々しい声が聞こえた。
「だから、お父様まで亡くなったらって・・・また誰か死んじゃったらどうしようって・・・怖くなって。私も死ぬかもしれないし・・・。」
「そんなこと考えるなよ。」
リューイは、どう言葉を続ければいいのかと少し困った。同じように母親を失った彼女に親近感がわき、同情した。安心させてあげたいと思った。自分に何かできることは・・・。
「じゃあ・・・さ、あんたは俺が守るから。」
少女はパッと顔を上げて、彼を見た。
「え・・・。」
「おやじさんは、カイルのじいさんが守るだろ? みんなのことは、きっとレッドやエミリオやギルが守ってくれるし、カイルはきっとまた化け物をやっつけてくれるから、俺はあんたのこと守るよ。ほら、誰も死なない。信じろよ。」
少女は、彼の屈託無い頼もしい笑顔を見つめた。つい見惚れてしまう魅力的な笑顔だが、顔が熱くなるのを感じて少女はまた下を向いた。
「・・・ありがと。私はシーナよ。」
「俺は、リューイ。」
「ええ、知ってるわ。ねえリューイ、少しお話してくれる ? 気を紛らせたいの。」
その時、右手にある生垣の後ろから、突然、なにか黒いものがヌッと姿を現した。リューイが先ほどまで探していたキースだ。
驚いたシーナはけたたましい悲鳴を上げて、隣にいるリューイに思わず抱きついていた。
「シーナ、違う、ごめん。あいつは俺の友達だ。ほら、よく見てくれ。」
そう言われて、シーナは恐る恐る視線だけをそちらへ向ける。そして思った・・・何が違うというのか。
「よく見ても・・・でも・・・黒いヒョウに見えるわ。」
リューイは化け物ではないと言いたかったのだが、この返事に「ああ、そうか。」と思い出した。ヒョウという動物が、ほかの人には猛獣として恐れられていることを。
「おいで、キース。」
「いやあっ ⁉」
シーナは、リューイがびっくりするくらい力を込めてしがみついてくる。実際、少し息苦しい。
「シーナ、ほら、そんなに怖がってちゃあ、キースがこっちに来られないよ。俺を信じろよ。それから・・・もう少し力抜いてくれ。」
シーナはハッと気づいて、あわてて彼から離れた。そしてもう一度、紛れもない黒い猛獣を見てから、彼を見た。
リューイはニコッとほほ笑み、キースの方へ手のひらを向けてみせる。
触ってごらん・・・そう促された気がして、シーナはまた大きな黒ヒョウに目を向けた。
すると、それはゆっくりと二人の前まで歩いてきた。
リューイは、シーナが見ている前で、キースの背中を平然と撫で始める。それからシーナの手をとって、キースに触らせてみた。
キースはされるまま、おとなしく撫でられている。まるで、ただの犬や猫のよう。
シーナは、まだ少し戸惑いながらも笑顔を浮かべた。
「あなた変わってるのね。とても強いし。」
「強いかな・・・俺。でも俺は、俺を超えなきゃならねえからな。」
「どういう意味なの?」
「どういう意味だろうな。師匠に言われたんだよ。あんたは、どう思う。」
「そうね・・・。」
シーナは少し考えて、言葉を探した。長くはかからなかった。
「・・・人のために、自分を犠牲にできる人のことを言うんじゃないかしら。誰でも自分を犠牲にするのは怖いでしょう ? その気持ちに打ち勝って、そうできる人は、自分を超えることにならないかしら。それに、辛いことや悲しみを乗り越えて強く生き抜ける人とか・・・あ、ここぞって時に、普段は出せないような力を発揮できた時のことじゃないかしら。」
「きっと言葉にすると、そういうことなんだよな。いろんなふうに考えられるもんだな。だったら俺にはまだ・・・。」
リューイの頭には、この時カイルのことが浮かんだ。あいつは、これまで何度自分を超えただろうと。あの精神力。自分のそれは、カイルには遠く及ばないと感じた。
「そんな人、素晴らしいわね。私はダメね。あなたが来てくれなかったら、きっと泣いてたわ。」
そう言って、シーナは苦笑した。
「ねえ、キースに何か目印が必要だわ。あの怪物と間違えられてしまうもの。あ、首輪はどう ? 首に何か目立つものをつけてもらったらどうかしら。」
「そうだな。あれ、シーナ・・・治ったんじゃないか。」
「あ・・・ほんと、震えが止まってるわ。キースに驚いた時かしら。」
「そっか。」
本当は彼に守ると言ってもらえた時だったが、そう答えたシーナは、また彼にほほ笑みかけられると、恥ずかしそうに視線をそらした。




