容疑者
開け放した窓の向こうに見える森の上には、一面、真っ赤に燃える濃い夕焼け空が広がっていた。
エミリオから、イヴの友人であるアンリの話をすでに聞いていた一行は、今は、用意された別室で、これまでの一連の出来事との関連性について考えていた。その会議には、ロザリオとカイザーも参加している。
「この屋敷に現れるという、あの怪物を操っているのは、アンリの伯父である可能性が高い。」
ギルが言った。
「だとすると、伯爵を呪っているのは、アンリのおじさんってことになるな。」と、レッド。
「アンリの伯父だが、本来そういった能力は無いらしい。テオ殿の推測によると、無能力者ゆえ妖術に手を出したのなら、その祭壇を媒体にしたに違いないと。これは呪いが及ぶ範囲での犯行しかできない種だろうということだ。その彼の屋敷だが、聞いた話ではここからならそう遠くはない。恐らくここは、呪いの範囲内というものにあたるのだろう。」
エミリオが言った。
「呪詛の儀式が行われたのは、その地下室ってことだね。」と、カイル。
「それで化け物がやってこられるってわけか。かと言って、密かに遠くへ逃げることもできそうにないしな・・・。日中も安全とは言えない。」
腕を組みながら、レッドはすぐ後ろの窓際の壁にもたれた。
「でも、それならどうして、奴らはあんな広場にまで行けるんだ。街まで呪われてるのか。」
つっけんどんにそう言ったのはリューイだったが、カイルがその疑問に答えるのに時間はかからなかった。
「考えられるのは、リサの村でのメテウス(豊穣の女神メテウスモリアの通称)像のように、呪いをかけたものの一部をたぶん持ち歩いてるんだよ。だからその時、きっと、その人はあの場所にいたんだと思うよ。」
「だが分からないな。なぜ、それほど派手に伯爵を呪う?怪物まで使って、この邸宅ごと。それに、なぜ広場に放ったんだ。そいつの本当の目的は、ほかにあるんじゃないか。」
ギルは顔をしかめた。
「その人は妖術師で、その力を得るのは楽じゃないはずなんだ。なのにここまでするってことは・・・すごく・・・何か根深い理由があるんだと思うよ。それか、よっぽど伯爵様のこと嫌いなんだね・・・あ。」
一同の無言の注目を浴びたカイルは、失言してしまったことに気付いて肩をすくめる。
「とにかく、誰が悪いか分かってるなら、そいつをさっさと懲らしめに行けばいいじゃねえか。」と、リューイ。
「そんな、もっと慎重にならなくちゃダメだよ。相手は妖術師、得体が知れないんだから。今のところ証拠もないし・・・。でも彼の容体を考えると、ゆっくりもしていられない。とりあえず早く薬を手に入れなきゃあ。」
「けど、家には何も無かったんだろう?ああ、そうか、イデュオンの森でそろえるつもりか。」
レッドが言った。
「それが・・・この森では、強心薬がなかなか見つからないんだ。探してる時間を考えたら、ほかに採りにいく方がいいかもしれない。それに、この森はもう危険だし。だから、エヴァロンに採りに行くよ。」
「エヴァロンって、南の荒野を抜けた場所にある聖なる森だな。よくは知らないが、どれくらいかかるんだ。」
ギルがきいた。
「荒野は百キロほどだが、森に近づけば村も点在している。馬なら四、五日で往復できるんじゃないか。」
そう教えてやったレッドは、その森のことをよく知っていた。その場所を度々訪れる理由があるからだ。
「なら、今度は俺がお供してやるよ。早朝出発できるように、今から急いで荷造りにとりかかるぞ、カイル。」
ギルはさっそく予定を立てた。
「ところで、ロザリオ。」と、レッド。「傭兵を雇うということについてだが・・・恐らく、そんな余裕はない。幸いカイザーもいてくれることだし、あと二人なら、腕のたつ男をこの町で知っている。俺が直接あたってみるよ。」
そこへノックの音がひびいた。
ロザリオが返事をすると、ゆっくりとドアが開いてイヴが姿を現したが、どうしたのか顔色がひどく冴えない。
「私、そろそろ帰るわね。伯爵様の容体は一応落ち着いているわ。でも、テオおじいさまは目を放せない状態よ。」
異常に疲れきっているイヴの様子に、みな一様に眉をひそめた。
「イヴ、送るよ。」
ほとんど衝動的に窓辺から離れたレッドは、自然とイヴの肩に手を回していた。




