聖なる森の危険な夜
あのあと、涼風を浴びに修道院の外へ出たギルは、今はイデュオンの森の中にいた。
神殿の外にまで行くつもりなどなかったギルだが、院内から出たとたん、ミーアを連れたシャナイアが正門から出ていきそうになっているのを目撃したのである。それでギルは、あわてて後を追いかけようとした。だがすぐ、武器を備えていないことに気づいた。同時に頭をよぎったのは、昼間にリューイが組み合ったという怪物のことと、カイルの話だ。そのため保管庫へ寄っていて、引きとめることができなかったのである。
神殿内へは武器の持ち込みが禁じられている。ゆえに、彼らの剣やナイフは保管庫に預けられていて、必要な時には書面にサインをしてから持ち出さなければならなかった。
そして、先ほどやっと二人に追いついたギルは、今は月が浮かんでいる緩やかな川沿いを一緒に歩いている。
「何かあったら、どうする気だ。今日のカイルとリューイの話を聞いていたろう。」
少しばかり本気で、ギルはシャナイアを叱った。
「ごめんなさい。部屋に戻ったら、ミーアがちょっとでも外に行きたいってきかなくて。ほら、今日はずっと神殿にいて、カイルもあまり構ってあげられなかったみたいだし、昨日この森で遊んだことが楽しかったみたいで、今日も遊べると思ってたみたいなの。でも、カイル以外はみんな用事があって出払ってたでしょ。だから一応ランタンと、ほら、ちゃんとレッドの剣を拝借してきたわよ。黙ってだけど。」
「ちゃんとじゃないだろう、君って人は。」
「ちょっと散歩して、暗くなる前には帰るつもりだったのよ。」
「すっかり暗くなったが? 危うく、こっちが遭難するところだ。あわてて追いかけてきたから、灯りまで持ち出す余裕は無かったからな。」
「そうね、ごめんなさい。でもそれに、ほら・・・。」
「キースの護衛つきだしって?」
ギルは、暗がりに包まれている雑木林に目を向けた。やや離れた所から、鋭い眼光が二つ、用心棒としてしっかりとこちらを見ている。
「さっき会ったの。見つけられた時は驚いちゃったけど・・・ずっとこの森にいたみたい。でもなぜかしらね、頼まなくてもちゃんと付いて来てくれるのよ。」
「ミーアは怖くないのか?夜の森ってのは、こんなに真っ暗なんだぞ。木とか、葉がガサゴソ鳴ってる音とか、不気味で怖いだろう。」
「ぜんぜん。だって、もう慣れちゃった。それにすごく不思議な感じで面白いから、好きなんだもん。」
ミーアは暢気に笑っている。
「慣れちゃった・・・ああ、そう。」
ギルは呆れて、それ以上何を言う気にもならなくなった。これまで何度も野宿をしてきたことを思えば、それはなるほど愚問だった。このお嬢さんたちには監視が必要だ・・・ギルは思って、ため息をついた。
「あんまり勝手に出歩かないでおくれ。頼むよ。」
三人がそのまましばらく帰路をたどっていると、一瞬、耳に異様な声が飛び込んできた。それはキースのような猛獣が発する唸り声に似ていた。
ギルとシャナイアは立ち止まり、緊張した顔を見合わせる。
「キース?」
「違う、キースは俺たちの後ろだ。」
そう話しているあいだにも同じ声がまた上がり、それはすぐに盛んな吠え声に変わった。
「様子が変よ。」
「襲われているのか・・・⁉」
剣を引き抜いたギルは、思わず二人を置いたまま駆け出していた。
西の荒野からやって来たその男は、以前に一度だけ訪れたことのあるこの町に、一年以上経った今日、また戻ってきた。その男の着衣の胸元からは、斜めに斬りつけられた一筋の大きな傷跡がのぞいている。
男がイデュオンの森を歩いていると、辺りは目隠しの布のように夜の帳が降りてきて、今は一メートルくらい先がやっと見える程度。
今夜はベッドにありつけると思ったが・・・。
男は重い息を吐き出し、野宿をするのに良い場所を探すことにした。
すると不意に、はっきりと物音が聞こえた。そうかと思うと、次に「うわあっ!」という痛烈な悲鳴が上がったのである。
反射的に声がした方へ顔を向けた男は、遠くの茂みが仄かに明るくなっているのを見つけた。
鞘から剣を引き抜きながら、男はまっしぐらにそこへ向かった。




