生き別れた日の記憶
修道院の角部屋の一室にそのまま残ったギルとリューイ、そしてレッドは、あれから誰も一言も口をきかないで、沈黙の中でじっとしていた。
辺りは次第に暗くなりつつあったが、ギルもリューイも、明かりをつけるのがためらわれた。
レッドは窓際の寝台に、外が見える方を向いて腰掛けていた。首をうなだれ、打ちひしがれている・・・。
今、同じ部屋にいるギルとリューイは、レッドのそのすっかり肩を落とした背中を見ていた。沈黙は長く続き、リューイは自分たちの上に、間もなく訪れる夜の全ての重みがのしかかってくるように感じた。
「レッド・・・。」
ついにたまらなくなり、リューイは極めて静かに声をかけた。
レッドはリューイの顔を見ようともしなかったが、背中を向けたまま、呼びかけに答えて口を開いた。
「母さんが・・・ガザンベルクの兵士に連れていかれる前、最後にこう言ったんだ。生きてさえいれば、必ずまた会えるって。けど・・・。」レッドはますます下を向いて、頭をかかえた。「なんで・・・反乱なんて。くそ、あんな化け物に・・・。」
「まだ分からないだろ。生き残った人だっているはずだ。お前の父さんと母さんだろ。きっと生きてるさ。」
リューイはそっと近付いて、そばの丸椅子に腰をおろした。今、膝の間で組み合わせたレッドのその拳は、怒りと悲しみで震えていた。リューイは軽はずみなことは言うまいと思ったが、あまり上手い言葉は見つからなかった。
レッドは少し顔を上げたが、チラとリューイを見ただけで、また視線を落とした。
「いいさ。母さんが言ったように、必ずなんて期待はしてなかったんだ。運よく奴隷が解放されることがもしあればいいと・・・ただ、元気で生きてさえいてくれればいいと、そう思ってた。」
レッドはここでハッとした。それから、リューイの顔を見た。そして、自分の無神経さを恥じた。
だがリューイは、精一杯の思いやりに溢れた顔を向けてくれている。
「すまない・・・お前の前でこんな・・・。」
「何言ってんだ。俺には思い出して辛いような記憶がないし、俺にはじいさんがいる。キースも、ほかの仲間も。だからお前の方が・・・きっと辛いと思う。」
リューイはそう言うものの、両親の顔すら覚えられないうちに孤児となったという話を聞いていたレッドは、親との思い出など作る間もなかったという、そのことが何よりも辛いはずだとリューイの本心を考え、不憫に思わずにはいられなかった。その存在は、ほかの誰にも補いきれるものではないはずだ。
一方、二人の会話を聞いてはいたが、ギルにはここで何を言ってやることもできなかった。自分には、両親も健在ならば妹までいる。この歳になるまで、両親や周囲の愛情をじゅうぶん感じながら幸せに暮らし、共に思い出を重ねることもできた。失ったもの・・・名誉、地位、そんなものは失ったのではない。勝手に捨ててきたものだ。こんな自分に何が分かるというのだろう。こんな男の同情など余計なものだ。
そう思い、ギルはやがて、二人がいる場所とは別の窓の向こうに視線を振った。
森を越えて、ずっと遠くにある風だけが吹き渡る丘の上の麦畑を、ギルはただ眺めているしかなかった。




