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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第7章  ガザンベルクの妖術師 〈 Ⅳ〉
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新たな戦いの予兆


 エミリオはただ一人だけで呼び出されて、テオ・グラントと共に修道院の図書室へと続く廊下を渡っていた。


「夕べ、何か感じたかね。」


「いいえ・・・特には。」そう答えたあと、エミリオは瞬時に悟った。「もしや、この町にも?」


「うむ・・・。闇が動き出しておるのじゃあ。しかし、まだ弱い。妖力が強まらぬうちに手を打ちたいところじゃが。」


「妖力・・・ですか。」


 エミリオは、未だどこか信じきれない口ぶりである。


「昔なら、こういう話はもっと受け入れてもらえたろうがね。」


 テオは、しわだらけの分かり辛い苦笑を返した。


「わしらが常に感じるようになってからでは、遅いのかもしれん。手遅れになれば、街は大惨事におちいるじゃろう。どこかにそれらはひそんでおるはずじゃが・・・。実は、すでに関係のある何かが起こった可能性が高い。それも、今日の昼間に・・・。」


 瞬間的に、エミリオはリューイのことを思い出した。


「テオ殿、実は今日、リューイが奇怪な獣と組み合って肩を焼かれました。鐘楼しょうろうのある広場でだそうです。原因は、その生き物の唾液だと彼が・・・。」


「トリーゴの広場じゃな。なんと、あのような公の場で。しかもその話によると、さらに特殊な力を加えているようじゃ。そうとう妖術にのめり込んでしもうた者の仕業しわざじゃな。」


 テオは厳しい顔でううむと唸り、黙っていたが、それからエミリオを見て言った。


「ニルスでは、やむなく神精術を使わされたそうじゃな。呪術を知らぬと聞いたが・・・。」


「ええ。」


「本来、決してやってはならぬこと。あやつの力が及ばず、お前さんを危険な目に遭わせてしもうて申し訳ない。」


 エミリオは、微笑とともに首を振った。


「彼の判断は正しかったと思います。あの窮地きゅうちを切り抜けられる手段は、ほかには無かったでしょう。こたえることができて本当によかった。正直、少し時間がった今は、あの時のことは夢のような感覚ですが。」


「少しは自覚してくれたかと思うておったが・・・そうか。」


 テオはため息をついて、エミリオを見上げた。老人の深く落ちくぼんだ目は、エミリオを見つめる時どことなく恍惚こうこつとなった。


「あれをどう思う。」


「立派なお孫さんでおられる。彼には、教えられることばかりです。」


「いや、あやつのことではない。お前さん達が戦った相手じゃよ。」


「ああ・・・。カイルが言っていました。うらみ、にくしみ、悲しみ、そういった人間の強烈な感情が生み出した創造物だと。見えないものでも神秘の力で形になると。」


「神秘の力で・・・じゃとな。なるほど違いはないが。神秘の力には、どんなものがあると思うかね。神は善良な者ばかりではない。争いや流血を好む神もおった。遠い昔に封印された神々じゃあ。しかし、その神々がいなくなったところで、この世の邪悪な力が消滅するというわけではない。人間のみにくい欲望や欲求は、その邪悪な神々が芽生めばえさせたものだと言われておるが、一度生まれたあく感情はなかなか消せぬもの。ゆえに、それは本来人間から生み出されるものでもある。お前さんには多くを理解してもらいたい。」


 図書室の前へ来ると、テオは骨ばった手で部屋のドアをゆっくりと押し開けた。


「さあ、お入り。何か冷たいものでも頼んできてあげよう。少し待っていておくれ。」


 エミリオはうながされるままに入室した。


 老人の引きずるような足音が遠くなると、エミリオは奥の円卓につこうと、並列する本棚の間を通って行った。


 さすがにおごそかな室内だ。しぶい赤の絨毯じゅうたんが木製の風格ある本棚とよく調和しており、しっとりとして落ち着いた雰囲気をつくりだしている。奥の大きな窓から射し込む日差しで、読書のためにしつらえられたテーブルのある場所が、赤銅色しゃくどういろにぼやけていた。


 エミリオにとって、それは心のなごむ場所。


 自分の背丈よりも少し高い本棚には、書籍がきちんと種類分けされていて、非常に見やすくなっている。神話に聖書に詩集、実用書も充実しており、家庭の医学や料理本まである。


 エミリオは読書を好み、何にでも興味を示した。特に歴史に関するものが好きで、古代の知恵を学ぼうとした。彼らの心理などについても知りたがった。何もかも、一心にエルファラム帝国の平和を考えてのことだ。いずれ自身が治めるはずだった国のことを・・・。


 それらを眺めながら歩いて、エミリオはふと一冊を手に取った。神殿の建築に関する本だ。エミリオは適当に開いてみて、目についた箇所を黙読した。


 すると、まだ二行と目を通さないうちに、駆け足ではないが、何やらせわしない足音がどんどん近付いてくることに気付いた。


 さすがにテオ殿ではないな・・・と推測すいそくして、エミリオは顔を上げ耳をすます。


 間もなく、図書室のドアがバタンと開いた。


 現れたのはイヴである。


 だが、エミリオは本棚で隠れているので、来るなり聞こえたイヴのただならない声しか分からない。


「おじいさま、テオおじいさまっ。」


「ここだよ、イヴ。」


 イヴは、声のした方へすぐさま足を向けた。


 エミリオは本を棚に直して、イヴと向かい合った。


「テオ殿は、今はここにはいないよ。すぐに戻られるはずだが。」

 首をかしげる思いで、エミリオはイヴの瞳をのぞき込む。

「そんなにあわてて。いったい、どうしたんだい。」 


「エミリオ様、大変ですの。」


「エミリオでいい。それから、敬語も無用だ。お願いだから。」


 エミリオは苦笑した。その呼び方は皮肉というより、過去の悲しみが思い出されて切なくなるので、聞きたくはなかった。


「エミリオ様、エミリオ、大変よ。どこかで呪いが・・・。」


「呪い・・・?」

 エミリオはまゆをひそめる。


「ええ、親友のアンリが、担当のおじさまの屋敷で見たの。きっと呪詛じゅそ御供おそなえを。彼、アンリの伯父おじなのよ。」


 息をきらせたイヴは、狼狽ろうばいしてのどをからませながら告げた。


 エミリオは思わず視線をドアの向こうへ。


「テオ殿・・・。」


 まさに我々は、間もなく、また恐怖と困難に立ち向かうことになるだろう・・・。









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