ロザナリア王国の美姫
修道女の長であるエマカトラ。その称号をもつ女性、セリーヌ・フォア・テレジアの好意によって、結局のところ、一行は、修道女の寮となっている修道院に滞在する許可を得ることができた。ただし、シャナイアとミーアは、一つベッドが空いているという、イヴと同じ部屋。ほかの男性陣は、通れる場所が限られるという条件付きのもと、人通りの少ない隅の空き部屋である。
その一室に、今はエミリオと、神殿の敷地内を探検して遊んでいるミーア以外の者がそろい、くつろいでいた。
陽は西に低くかたむいて、街は赤銅色の霞の中で煙っていた。
リューイにとっては、さんざんな一日だった。
「これってやっぱり・・・ニルスやリサの時と同じやつか?」
カイルの治療を受けながら、リューイは今日あったことを話してきいた。
「たぶんそう。」
手際よくリューイの肩の処置を済ませたカイルは、たいして顔色を変えることもなく、包帯を巻いてやりながらそう答える。
「いやに冷静だな。誰かから聞いていたのか。」と、ギル。
カイルはうなずいた。
「おじいさんの占いに出てたみたいなんだ、こうなることは。だからみんなには悪いんだけど、この問題を見過ごして行くわけにはいかないから、出発が遅れそうなんだけど。」
「だろうな。もしまた手が必要なら、遠慮なく言ってくれ。」
もはや割り切るほかない、という気持ちで、ギルがさっぱりした表情で言った。
「ここまで一緒にやってきたんだ。付き合ってやるよ。怪物だろうが、妖怪だろうが。」
「だいぶ慣れたし。」
レッドもリューイも、そう言いながらカイルに苦笑を向ける。
カイルも苦笑いを返した。
「出発が遅れるってことは、次の見当がついたのか。」
レッドがきいた。
カイルは大きくうなずいた。
「一人は北の国メルクローゼ公国。そしてもう一人は・・・。」
ここで一瞬、カイルは口ごもった。それから声がささやくように低くなる。
「・・・エドリース。」
「エドリースですって・・・!」
シャナイアが思わず大きな声を上げ、レッドは難しい顔になり、眉をひそめる。
そして・・・それを聞き取った瞬間、ギルは急に動悸がし、息がつまった。辛い記憶がまた鮮烈によみがえったせいだ (※1)。
エドリース・・・。
あれから、時には夢となって、それは度々現れる。思わず目を伏せたギルは、努めて冷静に、ゆっくりと瞼を上げていく。幸い、誰にも気づかれずに気持ちを立て直すことができた。
そんなギルの異変に気づきもせず、レッドとシャナイアは交互に言葉を交わしている。
「未だに激戦の地よ。」
「特に南部の三か国がいがみあって、ほとんど狂気に陥っているという噂もあるほどだ。一説では、ロザナリア王国の美姫をめぐる争いも起こったそうだが。たまたま小耳に挟んだんだがな。」
「え、なに? ただの綺麗な王女様の取り合いで戦争しちゃうわけ?」
「さあ、どうだろうな。人間が私利私欲に走り出したといわれる古代には、国家間で禁断の恋ってのをやらかしたせいで、大軍が動く戦争にまで発展したって歴史もあるらしいからな。両者がお互い味方にできる都市国家を頼ったために、直接関係のない国までからんで、大きな戦争になったらしい。だが、巻き込まれた方も利害や事情を考えたろうから、それはきっかけに過ぎなかったのかもしれないが・・・大昔の話だ。」
二人のそんな会話を聞いていて、ギルは、ふと思い出した。
ロザナリア王国のセシリア王女か。確かに、将来は絶世の美姫と謳われそうな綺麗な顔をしておられたが・・・。
昔、かの地もまだそう荒れてはいなかった時代のこと。医学の進んだ国として注目されていたロザナリア王国を、父に連れられ視察団と共に訪れたことがあったのだ。激戦が続いている地で、医療が充実しているそんな国を欲しがる君主が、周りにいるとしてもうなずける。




