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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第7章  ガザンベルクの妖術師 〈 Ⅳ〉
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伯父の屋敷で ー 地下室の祭壇


 ミナルシア神殿の壁で囲まれた同じ敷地内には、ほかに三つの聖堂と一つの修道院がある。小規模な礼拝堂や図書室も設けられたその修道院は、修道女が生活する寮でもあった。それら建物の一つ一つにも名前が付けられているが、ミナルシア神殿と言えば、普通は壁で囲まれてひとまとまりになっている、その場所そのものを意味する。


 修道女の一人であるアンリは、恐怖にとり憑かれたようになって、身震いするのをこらえてその寮に帰り着いた。


 そんな彼女を迎えたのは、誰よりも先に〝 務め 〟を終えて、部屋に一人きりでいたイヴだった。ソファに座って読書をしていたイヴは、親友の様子のおかしさに驚いたが、声をかけるよりも早く、ここへ来てすっかり取り乱したアンリの方が、いきなり両腕につかみかかってきたのである。


「イヴ、私・・・どうしよう。」


「いったい何があったというの。」


「血を・・・おじさまが血をくれって・・・。」


 イヴは耳を疑った。今、人の言葉とは思えないものが・・・。


「ち・・・って。血を・・・欲しがったの ? あなたのを ? 」


 アンリは最初首を振ったが、次に落ち着きなく二度うなずいた。


「私のじゃなくて・・・ああでも、そう。私、とても怖いものを見てしまって。ああ、何からどう説明したらいいのか分からないわ。」


「アンリ、とにかく落ち着いて。さあ詳しく、思いついたままを話せばいいのよ。」


 アンリは大きな深呼吸をした。そして頭の整理をつけようと少しのあいだ胸に手をあて、その場に座り込むと、ようやく順を追って語り出した。


「私のおじさまは、数年前にお母様を頼ってこの町へ来て、お体を壊されていたから、それからはずっと私が担当をしていたの。」


 アンリの母親は、もともと遠く離れたガザンベル帝国の貴族だった。しかし、仕事で訪れていたこのエルティマ王国の男性と出会って恋に落ち、なかば駆け落ちのような形で移り住んできたのである。


 他国への移住は、昔から多くの国で認められている。一度大陸が滅びかけたあと、人々が一つとなって数々の平和を誓い合った時に認められ、それについては、そのまま珍しくもなくなっているからである。そして、このヴェネッサの町をようするエルティマ王国は、移民受け入れ可能な国の一つだ。


 そして、その相手であるアンリの父親は、海上貿易にたずさわるエリートで裕福な男性ではあったが、やはり遠く離れた国の者ということで、なかなか認めてはもらえなかった。そんな中、アンリの母親は強引ごういんに彼と一緒になり、落ち着くと家族に住所も知らせたが、連れ戻されることはなかった代わりに、祝福もされなかった。


 ただ、たった一度だけ、勘当かんどうされたも同然の彼女に、両親、つまりアンリの祖父母が返事を送ったことがある。神の力とも言われている能力、つまり治癒ちゆ力を授かったアンリが産まれ、それが分かった時。手紙には、とても短いながら娘を誇りに思い、その家族の幸せを祈るメッセージがしたためられていたということだった。


 アンリの話は続いている。


「それが、なぜか一年くらい前からはひどい貧血で、急にお体を崩されることもままあって。その度に、私は、おじさまの体調が良くなるようにしてさしあげていたの。それなのに、昨日のおじさまは、何かに取り憑かれたように怖い顔をしていらして・・・血をたくさん作っておくれ・・・たくさん必要なんだ・・・って。それは違うの、私はそんなことできないのって言っても分かってくださらなくて。そして今日お伺いしたら・・・地下室に・・・。」


 そこまで話すと、アンリは次に言おうとしたことを口にできなくなり、言葉をきった。唇が震えている。しばらくしてやっと声に出した時には、とうとう体まで震えて、止まらなくなってしまったようだった。


「地下室の祭壇さいだんに・・・血まみれの・・・何か大きな動物の死体が・・・。」


「動物の・・・死体?」


 とたんにゾッとしながら、イヴもきき返していた。きき返しながら頭に浮かんだ。


 地下室の祭壇・・・血と・・・動物の死体。それは・・・呪詛じゅそ・・・なのでは。


 アンリの面上にも、剥き出しの恐怖や不安などが錯綜さくそうしている。それに、最後の部分を語ったあたりから、身震いはいよいよ狂ったように激しさを増し始めた。


 イヴは思わず、そんな親友を抱きしめた。これは、直接には何もしてやれそうにない・・・でも・・・。


「私に任せて、アンリ。テオおじいさまに相談してみるわ。おじいさまは、医術と占いだけじゃあないのよ。」


 ひどくおびえて緊張していたアンリだったが、やがてのろのろとうなずいた。


 イヴは背中をでてやり、ゆっくりと体を引き離した。それからアンリの両手をにぎり締め、ソファに腰掛けるようにうながして、自分は立ち上がった。


「怖かったでしょう ? さあ、ゆっくり休んで。」


 そのあと部屋を出たイヴは、修道院の廊下を早歩きでわたって行った。この自室へと戻ってくる途中で、ミナルシア神殿に来ていたテオと顔を合わせていたイヴ。挨拶あいさつを交わすついでに、たまたま今日の予定を聞いていたのだった。









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