帝都ガザンベルクの惨劇
「わざわざ わしのような術使いに現場検証を依頼してきたのは、〝滅ぼしたもの〟が、この世のものとは思えぬ生物のようだからじゃと。」
「じゃあやっぱり、その本がどこかに残って・・・。」
「恐らく一冊や二冊ではない。実際、そこで発見された一冊をわしも目にした。」
テオは憂いを帯びたような低い声で、ゆっくりと話を続ける。
「それだけではない。カイルよ、七年前のことを覚えておるか。わしが一人で西へ旅に出た時のことじゃあ。」
「ああ、突然西へ行かねばって言って、何か月も帰ってこなかった日のことだよね。ちゃんと覚えてるよ。おじいさんが帰ってきた時には、一人目立って立派な騎士と、あと数名軍人さんが一緒だったから。」
「わしはあの時、ノース・エドリース(※大陸北西部)へ行っておった。あの日わしは、ガザンベルク帝国の呪われた城で、かつてない体験をしたんじゃあ。」
テオはそう言って、カイルに鋭い視線を向けた。
「全く異色の相手に、神精術を使ったんじゃあ。それらを操っていた者こそ、まさしく妖術師に違いない。」
この話の続きを、カイルは黙って待った。
テオも話を続けた。そう遠くはない、過去の関係のあるその話を、詳しく。
「かつて王国ネヴィルスラムに、サガという町があった。かの町の住人は母国が戦争に敗れたのち奴隷としてガザンベルクへ連れて行かれたが、やがて徴兵命令が下って反乱を起こした。しかし結局は、その妖術師の放った魔物によって多くの者が食い殺されてしもうたらしい。」
「ちょっと待って、まさかそれって、反乱を抑えるために皇帝がそいつを雇ったなんてこと・・・。」
テオは首を振った。
「それどころか、ガザンベルクの皇帝はこれには憤慨したんじゃよ。なんたることか、妖術師はかの国の総督だったんじゃあ。じゃが、皇帝もまたその者に幽閉され、そうして城は地獄と化した。わしと一緒にいたのは、その名をジェラールというガザンベルク帝国の侯爵であり騎兵軍大将でな、わしが昔、旅先で知り合った屈強の戦士じゃよ。それゆえ、彼は助けを求めて脱出を図った。わしが行く途中で彼と出会わなんだら、手遅れになるやもしれんかった。」
テオはそこまで静かに語ると、不安そうに佇んでいる孫の目を覗き込んだ。
「カイルよ、妖術師の放った魔物・・・というのがどういうものなのかは、もう分かっておるな。そう、わしが相手にしたのは、生身の化け物じゃあ。」
「おじいさん。」
もはや驚かされることもなく、カイルもまた祖父の目をじっと見つめ返していた。
「実は僕も、リサの村とニルスの町で、奇妙なものと戦ったんだ。黒い血でできた・・・剣にも倒れる生身の怪物だったよ。」
「なんと・・・。」テオは絶句したようだったが、すぐに報告の続きを聞きたがった。「それで・・・?」
「それが・・・。」
そうしてカイルは、自分たちがどうやってそれらを退治したかや、行った対処法について祖父に話した。ニルスの話から始め、あとでリサでの一件を話した。
ところが、その途中でテオの怒声が。
「未熟者めが!」
いきなり肩が飛び上がるほどの一喝を食らって、カイルはひっくり返りそうになる。
「いずれにせよ、それらは呪いの及ぶ範囲でしか悪さができぬ種ならば、さっさと呪いを解けばよかろう。そこまで分かっておきながら、呪いを解くのを後回しにしたとは・・・。」
情けない・・・と、テオは大きなため息をつく。
「基本的に浄化が成功すれば、同時に魔物も消える。」
え、ええーっ・・・!
「あの、ほんとは、魔物退治は浄化のあとでやるつもりだったんだけど、魔物が術空間から飛び出してきちゃって、それで・・・つい・・・。」
「問答無用。もう一度、精霊術をよく勉強し直すがいい。」
カイルは真っ先にレッドとリューイのもの凄い形相を思い浮かべた。
「どうしよう・・・そんなこと打ち明けたら・・・殺される。」
このあと、室内には十秒ほど沈黙が落ちた。
「おじいさん、夕べはずっと占いをしてたんだよね。何か胸騒ぎが?」
テオは渋面でうなずいた。
「うむ・・・最近どうも悪寒を覚えるようになっての。歳のせいかと思い込んでしもうたが・・・ふと昨日は気になったんじゃあ。そして・・・恐ろしい予知をした。水晶を染めた色は黒紫と・・・赤。赤色は筋状となって、水晶の中でうごめいていた。」
「うごめく筋状の赤・・・?」
初めて聞いた・・・というように、カイルはつぶやいた。
黒紫と赤の混合は、物理的に悪いものが現れたことをさす・・・が、カイルが口にしたその現象は、カイル自身は見たことが無かった。
たちまち嫌な予感を覚えたカイル。祖父はおそろしい予知をした・・・・と言った。
「つまり・・・。」と、カイルがきく。
「うむ・・・。それは、わしが妖術師や妖魔なるものを相手にした時と、同じ反応じゃった。それも日時は昨夜と、今日の白昼。なんたることか、水晶は最後に、方位盤の中心で止まりおった。」
「じゃあ、それはこの町のどこかで起こる・・・ううん、起こったってこと?」
テオは長く重いため息をついた。
「それらが現れたのやもしれん。一刻も早くつきとめねば。」
「ねえ、みんなにこのこと話す?この町で何かが起こったなら、このままにしてまた旅に出るわけにもいかないよ。僕も手伝う。」
テオはそう申し出た孫の顔を見つめていたが、少しするとまた祭壇の方へ向かい、そこに置いたままにしていたもの 一一 占いのあと一一 を厳しい顔で眺めた。
「大陸が滅亡の危機にさらされる時、過去とはまた違ったものとなるやもしれんが・・・妖術師が現れたとなると、やはり歴史は繰り返されるのかもしれん。とにかく、彼には早急に神精術を体得してもらわんと。」




