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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第7章  ガザンベルクの妖術師 〈 Ⅳ〉
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妖術師


 ミナルシア神殿の礼拝堂れいはいどうに、テオ・グラントと孫のカイルはいた。高さ十メートルのドーム屋根と、青緑を基調とした床の大理石、そして、ステンドグラスを通して射す色とりどりの光が室内を幻想的なものにしている建物たてものの中である。


「えっ、分かったの⁉ それで居場所は?」

 カイルは興奮して、祭壇さいだんと向かい合っている祖父の背中にきいた。


 祭壇にはしんが黒くなった蝋燭ろうそく方位盤ほういばん、その上に置かれたままの水晶、そして、祖父が調香ちょうこうした香原料こうげんりょうなどがあった。精霊占いをしたと分かるあとだ。


「一人は北の ――」


「どっち?」


「森の神ノーレムモーヴの成り代わりじゃあ。その者は、北の国メルクローゼ公国におるらしい。」


「メルクローゼかあ。あそこには、大陸最古にして最大の大樹をもつ森があったよね。えっと・・・確か、バルン。」カイルは両手を打ち合わせた。

「うん、いかにも森の神がいそうな気がする。で、川の女神セレンスディーテは?」


「最後の一人、セレンスディーテは・・・。」


 テオは、ここでゆっくりと振り返った。残る二人の情報を得たというのに、なぜか表情が暗い。空気を察してカイルも喜べずにいると、苦い口調で告げられた。


「※ エドリースじゃあ。」


 目を大きくしたカイルは、一瞬、声が出てこなかった。


「エドリース・・・激戦の地。」


 今もなお狂気じみた戦いが繰り広げられているという地獄だ。


 そう・・・そこへは、できれば行きたくないと思っていた。そこへ行かずに、仲間をみな見つけ出せればいいと。そこは戦いを終わらせることができずに、人が殺されていく日々がもう普通になってしまった場所。だから、医師として人として、正直その中へ入っていく覚悟がまだできていなかった。


 数秒、沈黙が続いた・・・。


 テオはかたい表情で、顎鬚あごひげを揉みながら孫の目の前に立った。

「カイルよ、気になることがあるのじゃあ。」 


 ややうつむいていたカイルは、顔を上げて祖父を見た。


「あれから各地の知り合いと連絡をとり、アルタクティスについて調べているうち、大陸の各地に、奇怪な術使いが神出鬼没しんしゅつきぼつに現れるという情報を入手した。」


「それって・・・。」

 恐る恐るカイルはきいた。不安と恐怖で声がふるえる。


「・・・妖術師じゃあ。」


 カイルは、またしばらく絶句した。ただ、衝撃は大きかったが、心の準備が少しできていた。同時にいやなものが目に浮かぶ。その時のことを思い出し、身震いをこらえて、カイルはさらに確認する。


「確か・・・生身の魔物を生みだすっていう・・・あの・・・妖術師?」


 精霊で形成される魔物には武器など利かない。それらは、いわばエネルギーのかたまりのようなものだから。だが、妖術で生み出される魔物は動物や虫などが化けたものや、精霊で形作かたちづくられるそれに妖力が作用することによって、肉体に成りうると言われていた。それらは獣のように歩行し、口を動かしてえさとなるものを飲み込むことができると。


「うむ、それは妖魔と呼ばれ、それを生み出す呪詛じゅそ、つまり妖術で得られる力も妖力といって区別されておるが、我々が精霊を使役するように、その者たちは妖魔をあやつる。」


「霊能力は?」


「我々と同じで様々のようじゃ。ただ一つ大きな違いは、妖術の書に従ってさえすれば、霊能力を持たぬ者でも誰でも、その力を得ることができるということじゃあ。つまり、我々のような術使いが更に妖力をも身に付けたとしたら、それは恐るべし力となろう。」


「でも・・・そんなのどうやって・・・。」


 そうだ。アルタクティス伝説の中に限らず、大陸中で禁止されている邪術で、そもそも、妖術の書も大昔にことごとく処分されたはず。 


「念力で支配することのできない者が、場当たりな力で狂暴な生き物に言うことをきかせる。大きな負担と危険を伴うことは想像がつくじゃろう。そう、例えば妖魔の暴走。それでも欲しがる者がいる。何らかの欲におぼれた者、復讐ふくしゅう心にかられた者。本来、後先あとさきも周りも見えぬようになってしまった人間が手を出すような術じゃあ。無論、容易よういに身に付けられるものでもない。条件がある。それを得るのに必要なものが。」


 つまり・・・。


「何を・・・そなえるの・・・。」と、カイル。


 精霊占いでも、精霊術においても、呼びたいものを引き寄せるのに効果的だとされているものはある。精霊占いでこうをたいて場を清めたりするのは、そのためだ。

 

 カイルは、しゃべっているあいだもずっと考え事をしているような祖父の顔を、食い入るように見つめていた。


 テオが答える。


「血・・・。」


「ち・・・血 ?」カイルは繰り返して言った。「人の ?」


 テオはうなずいて、説明を加えた。

「自身の、そして生贄の血をささげるのじゃあ。それも普通の量ではない。一度に抜けば命を落としかねないほどの多量の血液が最低必要になる。」


「生贄って子供 ⁉」


「なぜじゃ。」


「え、あ、違うんだ。よかった。」


 この時、ニルスでの一件を思い出したカイル。思わずそれと結び付けてしまった。


「違うとは言い切れん。むしろ人間の血はより好まれるじゃろう。血の量や生贄の質によって、得られる妖力や妖魔の格も違ってくるらしいからの。」


「好まれるとか・・・捧げるって・・・。」


「無論、争いの神々にじゃあ。」


 カイルは、ハッと息を呑み込んだ。


 争いの神々・・・流血を好む邪悪な神々。古代神話でそれにまつわる物語を聞かされた幼少期のカイルは、それは怖くて怖くて、一人では眠れない夜をどれほど過ごしたことか。


「そんな方法、どこで誰に聞けるのさ ⁉ どうして、おじいさんが知ってるの ⁉ だって・・・。」


「数少ない古代の呪術の書の中には、我々が扱う精霊術や神精術に関するものと、それらとは異なるものとして、妖術について記されたものがあった。そして確かに、大陸再建の際に必要だったこともあり、悪用しないと誓って操霊術、精霊術、そして神精術の書は残されたが、邪悪な教えしか記されていない妖術の書はことごとく廃棄はいきするよう、古代の人々はみなが一つとなって取り決めたはずであった。ところがじゃあ・・・。」


 テオは少し間をおいた。


「お前には言わなんだが、かつて、政府の要請ようせいでとある土地へ向かったわしは、そこで、〝 滅ぼされた村 〟を見た。一夜にして、村人も全滅ということじゃった。」


「全滅・・・。」






 ※ エドリース = 大陸の西側全域の呼称








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