嫌な予感・・・
ウェイトレスがリューイの前にグラスを置いた。ギルはワインを注いでやり、それからリューイの着衣の小さな破れ目に注目した。
「何があった。」
「ああ、これ?」
リューイは首をひねって肩の傷に目を向ける。焼けて破れたような胴着の穴の下から、赤くなった生々しい皮膚がのぞいている。
ギルやエミリオから見れば、肩の一部だけを狙ったように火傷するなど、ただの事故では考えにくい。
「いや、なんつーかその、ちょっと変わった動物と組み合って、それで・・・関係ないとは思うんだけどさ。傷は大したことねえよ。」
リューイはなぜかしどろもどろになり、自分でも分からないままに否定していた。真実を告げるのが恐ろしくもあった。
「腕を庇うのは大したことある証拠だ。」と、ギル。
「ああそれは、そいつに腕を押さえつけられて・・・。」
そう話しているところへ、レッドとシャナイアが到着した。
レッドはさっそく仲間たちを見つけると、リューイのそばに来るなりこう言った。
「暴走してる変な野獣を素手で食い止めてきたろ。」
リューイは驚いてレッドを見つめる。
「何で分かったか教えてやろうか。そんなことができる人間を、ほかに知らないからだ。」
「トリーゴの広場に行ってごらんなさいな。みんな、あなたの噂してるから。」
「リューイ、さっきの前にも人助けをしてきたのか。で、それはいったい何にやられた跡だ?噛まれた傷痕には見えないがな。」と、ギルはリューイの肩を指差した。「それに、関係ないってのは・・・何とだ。俺は嫌な予感がするんだが?」
同じ気持ちで、レッドとシャナイアも返事を待っていた。
広場を通りかかった時、そこにいる人々が何かを取り囲んでいた。代わる代わるそこへ近づいて、その何かをひと目見るとすぐに離れる者もいれば、そばにいる者同士、その何かについて話す者もいた。それで耳を澄ましてみれば、同じような会話をしている者が周りに何人もいることがわかった。その会話の中で、気になる言葉をいくつか聞き取ることができた。それでレッドとシャナイアは、見知らぬ通行人から、それについての出来事をあらまし聞いてきたのである。
リューイはため息をついて、答えた。
「ええっと、その・・・よだれ。」
仲間たちは、ただ無言で目を見合った。誰もはっきりと口にしないが、みな同じ不安を覚えた。リューイが苦戦するほどの猛獣。不自然な傷跡。どこか怯えるようなあいまいな返答・・・。
やがてレッドが顔をしかめて確認する。
「唾液が着衣に穴を開け、皮膚を焼いた・・・ってか。」
「ああ、そいつの口は裂けてて、顎から滴った唾が・・・ここに。」
「リューイ・・・。」
静かな声で呼びかけられたリューイは、エミリオに胴着をそろそろと引き開けられた。リューイは思わず身じろいだ。痛みのせいだ。
なるほど。露になった左肩に抉られたような熱傷と、腕の方には押さえつけられたと分かる爪痕のようなものが、はっきりと認められる。
「戻ったらすぐに、カイルに手当てをしてもらうことだ。」
手を上げてウェイトレスを呼んだエミリオは、冷たい水に浸した手拭いを用意して欲しいと頼んだ。
しばらくして、その若いウェイトレスは、井戸から汲み上げたばかりの冷水に布巾がニ枚浸してある桶を持ってきてくれた。
エミリオはまず、傷の周りを拭いて慎重に汚れを取り除いた。それから、冷水に浸してあるもう一枚を、火傷にそっと押し当てる。いちおう応急処置として。負傷してすぐにできれば良かったが、冷却には鎮痛の効果もある。
「関係あるだろう・・・それ。」
とうとうギルが滅入りながら呟いた。
レッドは空いている席にどかっと腰を落とした。
「・・・ったく、世の中はいったいどうなっちまったんだ。」




