気まずい再会 —— 1
店主のニックは、挽きたての珈琲を、カウンター越しにいる若者の手元に置いた。
若者はカップに指をかけて一口すすった。どこかムッとした浮かない顔で。
ニックは苦笑いを浮かべて声をかけた。
「わざわざ来てくれたのに、悪いな。あいにく、奴はあれから一度も戻ってないよ。」
「あいつめ、自分が連れてるのがいったい何様か、忘れたってんじゃあねえだろうな。」
店主に聞こえないように、 若者はそんな独り言を漏らした。
昼は食堂、夜は居酒屋というこの店に、彼はこの日最初に入ってきたが、客としてではない。いつもなら、遅い朝食や早めのランチをとるために開店を心待ちにしている客がいて、徐々に客足も好調になっていくところが、どうも今日はたまにある〝不景気〟の日らしい。その静かな店内で、呆れや心配だけでなく、苛立ちを感じ始めた彼は、サービスで出された珈琲を、ため息の合間に喉に流し込んで気持ちを落ち着かせようとしていた。
肩まであるオリーブ色の髪をひと括りにしている彼は傭兵で、レッドの戦友だ。名前はスエヴィ・ブレンダン。
そこへ最初の客がやってきて、二人は一緒に首を向けた。
「なあ、テオのじいさん知らないか。」と、その人は入ってくるなりニックに問うた。
現れたのは客ではなく、農夫のジャック。彼もまたレッドの戦友でもあり、旅立ったカイルの代わりに、その祖父を気にかけている男である。
「やあ、ジャック。さあ、見てないけど・・・じいさん行方不明かい?」
「ああ。いつものように女房の料理を届けに行ったら、いなくなっちまってたんだ。朝っぱらから。」
「やっぱり、あのカイルって坊やも、まだ帰ってないのか・・・。」そう呟いたあとで、スエヴィはハッとした。「帰ってきたのかっ」
その時、今度こそは客かという気配がやってきた。それはドアに仕掛けてある鐘が知らせてくれる。
すると入店してきたのは二人連れだったが、今度も客ではなかった。一人は目の醒めるような亜麻色の髪の美女で、そしてもう一人は・・・。
「レッド!」
店にいた者たちがそう大きな声をそろえた。続いて、スエヴィだけがこう叫んだ。
「それに、シャナイア。」と。
レッドは思わず回れ右。
もう少しこのまま旅を続けると決めたからである。当然、それをスエヴィは許さないだろう。
だが気付けば、シャナイアに腕を引っつかまれている。
「ちょっと、どこ行く気よ。」
「まずいんだよ。」
「何がよ。」
「スエヴィは、まずいんだ。」
「あんた、何言ってんのよっ。」
二人が小声でもめているうち、ニックに促されて、結局、レッドはシャナイアに引っ張られながら、スエヴィが待ち構えているカウンター席へと、しぶしぶ向かうしかなくなってしまった。
シャナイアの方は嬉しそうなニコニコ笑顔で、スエヴィの肩を叩いた。
「やだ久しぶり。まだ生きてたんだ。」
「悪かったな。憎まれ口しか知らんのか、お前は。」
そんな彼女とは対照的に、なぜかあまり嬉しそうでないレッドに気付いたジャックは、「おい、なんて顔してんだ。こちらの美人を紹介してくれないのか。」
「ああいや、えっと、こいつはシャナイア・セラン。あんたとこの町で別れたあと、レトラビアの仕事で知り合った。」レッドはそうジャックに答えてから、シャナイアには、「彼はジャック・マーティ。もと傭兵だったが、引退して、今はこの町で農業をやってる。それから・・・」と続けて、カウンター越しにいる小太りの老人に手のひらを向ける。「ニックだ。この町に来ると、決まって何かと世話になる。」
そう。シャナイアと二人で、このニックの店をまた訪れた理由はいつも通り、泊めてもらえるよう頼むことだった。まさかスエヴィが来ているとは。
とにかく、初対面の者たちは会釈を交わして、軽く挨拶を済ませた。




