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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第2章  邂逅の町  〈Ⅰ -邂逅編〉
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病気になったミーア


 ヴェネッサの町の上空には雲ひとつない澄み切った青空が広がり、そこに真昼近くの太陽が燦然さんぜんと輝いていた。


 その強い陽光に照らし出されているヴィックトゥーンの街路には、買出しに来ている飲食店員などがせわしなく行き交う姿が見られる。その街路沿いには、朝から昼まで開かれる露店の市場が。そこでは毎日、威勢のいい声がしきりに飛び交っている。


 その大通りの市場を抜けた先にある曲がり角を行くと、なかなかに客足の好調な小料理店がある。その店は、ランチを取りにくる様々な者たち――ことに旅人や店舗の従業員――のために、つい先ほど昼の営業を始めたばかりだ。


 その小料理店の二階の一室で、静かに運動をしている男がいる。


 実際それは〝静かに〟とか〝運動〟などという言葉が適当な動きではなかった。それというのも動作は卓越たくえつしてキレがよく、だが、電光石火のスピードでハイキックや回しりの型を取りながらも、見事な体のバランスによって、ほとんど音をたてないのである。それは、彼がただ者ではないと、ひと目で分からせる素早さ。


 その男、リューイは、ひと暴れしたくて・・・手強てごわい相手と勝負がしたくて、うずうずしていた。彼は、アースリーヴェの樹海を出てからこれまで、多くのならず者を相手にしてきたにもかかわらず、本気になったことも、思い切り体を動かしたこともまだない。どんな連中でも、彼はものの数秒で片付けてしまうからである。


 そのリューイが、ふと練習 ―― 武術の動功または技法 ―― を中断した。その部屋にはもう一人、まだベッドで眠っていたミーアがいる。その少女がやっと目覚めて、ゆっくりと顔を向けてきたからだ。


「やっと起きたか、おはよう!」


 リューイは、この爽快そうかいな天気にぴったりの笑顔でそう声をかけたが、それに対して、可愛らしく挨拶をしてくれるはずのミーアは、どうしたのか、どんよりとした曇り空よりも陰気いんきな顔をしている。仕草しぐさも、寝起きのせいかひどくだるそうだった。


 様子がおかしいことに、リューもすぐに気付いた。その笑顔もいくらか怪訝けげんな顔つきに変わる。


「どした・・・元気ないじゃないか。」


「レッドは?」


 その口から出てきたのは、やっと聞き取れるほどの小さなかすれた声。


「あいつは今、下でおやじさんの手伝いをしてるよ・・・。」

 寝起きのせいではないその異変をさっと見て取ったリューイは、同時にまゆをひそめていた。

「顔が赤いな・・・。」


「リューイ・・・。」

「ん・・・?」

「頭痛い。」

「頭痛い・・・?」


 リューイは、ミーアの小さなひたいに片手を押し当てた。そして、とたんに狼狽ろうばいした。たちまち伝わってきたのは、室内の日陰になった場所だというのに、まるで灼熱しゃくねつの太陽にずっとさらされ続けていたかのような熱さだったのだ。


 すごい熱だっ・・・。


 声にせずそうつぶやくと、リューイは やにわにミーアを抱き上げて、部屋を飛び出した。そのまま、あわただしく階段を駆け下りる。


 一階は店舗で、ニックの小料理店だ。


 その騒々《そうぞう》しさのせいで、店じゅうの客や店員の視線を集めながら、リューイは、注文をとっている最中のレッドのもとへ駆け寄った。


 一方のレッドは、リューイがそばにやってくる前にはもう気付いていて、血相を変えている。


 リューイの腕の中で、ミーアは目を閉じたままぐったりしていた。


「どうしたんだ、ミー、ミナ⁉」

「凄い熱なんだ。」


 厨房ちゅうぼうから出てきたニックも、二人のそばであたふたと落ち着かない様子。

「なに、ミナちゃんが⁉ そりゃあ大変だ!」


「おやじ、この辺りで腕のいい医者はどこだ。」

 レッドは、伝票とミーアの体を無意識のうちにリューイと交換しながらきいた。


「このヴィックトゥーンには病院がないんだ。だが、腕のいい医者なら繁華街の方へ行くより、少し距離はあるが、丘の上のテオじいさんをたずねた方が・・・。」


 そこへ、窓際まどぎわの席から大声が上がった。


 声を張り上げて気を引いてきたその客は、窓の外を指差している。

「おい、そのテオじいさんの孫がそこにいるぞ。」


 そして、その近くにいるまた別の客が、もう窓から身を乗り出して、しきりに手招てまねきながらその人に呼びかけていた。


「おいカイル、ちょっと来てやってくれ。急患なんだ。」と。


 すると次の瞬間、店内は安堵あんどに包まれた。病気の少女を気使っていた客の誰も彼もが、そろって胸をで下ろしたのである。万事解決といった穏やかな表情で。


 それを見たレッドも、よほど名の知れた名医なのだろうと安心して、大きな吐息といきをついた。


 ところが、やがて入り口に現れたその人を見るなり、レッドは目をまたたいた。


 少年だったからだ。


 漆黒しっこくの髪に深い緑の瞳、俗に言う甘いマスクの少年・・・どう見ても十代 なかばの。






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