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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第7章  ガザンベルクの妖術師 〈 Ⅳ〉
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シーナお嬢様


 男が一人、我を忘れて突進して行く。刃物を振りかざして。


 野次馬の中から〝危ない!〟と叫ぶ声や悲鳴が交錯した。リューイは無防備なのである。


 だがつかの間だった。男ががむしゃらに斬りつけようとしたナイフは簡単に避けられ、逆に鮮やかな回し蹴りを食らって、男は近くの酒樽さかだるの山へと突っ込んでいったからだ。ものすごい音がしたので、誰もがギョッとしてしばらく言葉を失った。


 連中も同様で、それ以上手を出そうとする者などいない。


 唐突とうとつにシンと静まり返った中で、リューイはしまったという顔をしている。それからリューイはそろそろと近寄っていき、倒れた男の様子を見て苦い顔になった。


 男は、口から泡を噴いて失神していた。


「悪い。こんなつもりはなかったんだ。」

 リューイは、気絶した男の仲間たちを振り返った。


 すると男たちはそろって後ずさり。そして一斉に尻尾を巻いて逃げ出してしまった。


「あ、おい、友達・・・!」


 あわててリューイは呼び止めたが、無駄だった。

 見捨てられた男を見下ろして、気の毒に……と、リューイは肩をすくった。


 そして気づけば、また盛大な拍手に取り巻かれている。


 今日はなぜか目立つ日だな・・・。注目を浴びてリューイは思いながら、落ち着かないままその場を去ろうとした。


 その時。


「お待ち下さい。」


 今まで守られるだけだったお嬢様スタイルの少女が、背を返したリューイをあわてて呼び止めたのである。


 んだ茶色の瞳、豊かな栗色くりいろの髪。まだあどけなさの残る、十五、六歳ほどの少女。


 肩越しに振り向いたリューイは、彼女がすぐに言葉を続けずにいるので、何となくその顔を眺めていた。が、急に思い出したというように向き直って言った。


「ああそうだ、なああんた、白馬亭って所知らないか?この辺りだと思うんだけど。」


「おい、リューイ。」


 その声は上から聞こえた。


 思いもよらない所から呼ばれたリューイは、目の前にある建物の二階を見上げた。

 ギルの声だ。エミリオの姿もある。


「ああ、いたいた。なんだ、ここか。」リューイは手を振って上にいる二人に応えると、ニコッと少女にほほ笑みかけた。「じゃあ、そういうことで。」


「あの、ぜひ御礼を!」


 リューイが踏みだすと、少女は身を乗り出して叫んだ。普段大声を出さないらしく、自分の声に驚いたというように彼女は口に手を当てた。


 リューイも少しびっくりして、少女を見た。


「あ、あの、ありがとうございます。ぜひ御礼をさせてください。」

「・・・なんで?」

「え・・・。」


 その理解しかねるといったきょとん顔に、少女はただ見つめ返すしかできなくなってしまった。


 リューイの方では助けたという意識はなく、ただ勝手に喧嘩を始めただけにすぎない。


 そんな彼女に、リューイはまた無邪気な笑顔を見せた。そして片手を振りながら背中を返して、その店 〈白馬亭〉の入口へと足を向けた。


「あの子・・・。」

 エミリオは察知さっちしたようだった。


 ギルはエミリオと目を見合うと、それから再び外を見下ろした。その視線の先にいるのは、まだ呆然ぼうぜんとしたままでいる栗色の髪の少女である。


「・・・の、ようだ。まあ、俺が女でもれるがな。」


「正義感が強く、空のように純粋でたくましい金髪碧眼(へきがん)の美青年。天真爛漫てんしんらんまんというより、天衣無縫てんいむほうと言った方が当てはまるだろうね。その魅力を赤裸々《せきらら》に振りまいておいて、リューイ自身はそれに気付いていない。」エミリオはくすりと笑った。「困ったものだな。」


「笑い事じゃないぞ、エミリオ。そのうち求婚者が現れかねん。当然あいつは上手くあきらめさせることなどできないばかりか、それに気付きさえしないで、相手をどんどん引き込んじまうんだ。そうでもなれば、結局は保護者同然の俺たちが悩まされる羽目になるんだぞ。」


 ギルは本気で言っているのに、エミリオは穏やかにほほ笑み返して席についた。


「考えすぎだよ、ギル。」


 これに、ギルは深々とため息をついた。お前は知らないだろうが、前にもあったんだよ、こんなことがよ。ギルは、リサの村でのことを思い出していた。もう、即興詩人は御免だぜ。


 少女は、恍惚こうこつとした眼差しで彼を見送っていた。顔が火照ほてっているのが分かり、胸がしめつけられるように苦しい。


 私・・・私・・・。


「お嬢様、シーナお嬢様。」


 お供の男性に呼ばれて、その少女シーナはハッとした。


「お嬢様、申し訳ございません。私の力が及ばずこのような醜態しゅうたいを・・・。」


 男の顔はなぐられて変形し、唇も切っていて喋り辛そうである。


「いいのよ。それより、あなた早く顔を冷やした方がいいわ。急いで戻りましょう。」


「お嬢様、あの方ならロザリオ様のお役に立てるのでは。」

 侍女じじょささやきかけてきた。


 とたんに、シーナはおびえるような目を向けた。

「いけないわ。助けていただいておいて、そのようなこと・・・。」


「しかしお嬢様、私どもには強い男が必要でございます。」と、護衛の男。


 二人とも、うったえかけるような目をしている。


 シーナは黙っていた。そして、白馬亭の二階の窓を見上げた。









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