人助け
白馬亭の二階の窓際の席で、エミリオとギルは仲間がそろうのを待っていた。ここからこの旧市街の向かい、リトレア湖につながるランルーヴ河川を挟んだ向こう岸に、トリーゴの鐘楼を眺めることができる。
二人は、カイルという精霊使いの少年と関わってからのこれまでのことを振り返り、これからのことを少しは真剣に考える気になれたので、すっかり夢中で周りの雑音その他などあまり気にはとめなかった。
やがて羊の香草焼きと、それに合うと店員に勧められた赤ワインがテーブルに運ばれてきた。
そこで話がいったん中断されたのを機に、エミリオがこう呟いた。
「話題を変える気になれなかったので黙っていたが・・・。」
「ああ。何だか外が騒がしいな。」
ギルもそう頷いて、窓から少し身を乗り出した。え・・・という顔をして、首を伸ばし、店の外に注目する。それから、右手で顔を覆った。
「おい、また何かしでかしてるぞ。」
「・・・リューイかい?」
「ああ。今度も人助けだな、あれは。」
イオの村での騒動を思い出して、ギルは言った。
「相手は。」
「悪そうな四人組だ。だが手はいらないらしい。」 ギルはやれやれという苦笑いをエミリオに向ける。「遊んでるぜ、ほら。」
そこで立ち上がったエミリオも、ギルの背後から外をのぞいた。
どよめきが起こった。
リューイは飛び上がってバク転をし、最初の攻撃をかわした。不意をつかれて誰もが唖然となったが、すぐに気を取り直した一人が羽交い絞めを仕掛けにかかる。ところが先に振り向いたリューイは、目にも留まらぬ掌底を顔面に食らわせた。これをやられると、相手はたいてい歯を打ち抜かれたり、鼻血まみれになってしまう。現にその男は、両手で押さえている鼻から血を流して、情けの無い悲鳴を上げている。そこへ、また別の男が走り込んできた。リューイは男の胸倉をつかみ、そのまま豪快に放り投げた。
これには驚いたどころではなかった。リューイはそれを、ものの見事に片手でやってのけたのだ。
そう、リューイは先ほどから片手しか使わなかった。バク転も右手一本でこなし、左手はというと、体のバランスを取る程度に動かしているだけ。実際、リューイは、左腕に力をこめるのを恐れていた。火傷はずっと疼いているし、肩の痛みも気になっていたが、先ほど男を庇うために支えた時や、引き止めた時に力を入れた瞬間には、予想以上の耐えがたい痛みが突き上げたからだ。そのため、いつもなら一分とかからない喧嘩を長引かせていた。そして、片手しか使わないというその態度は、当然、男たちの怒りをますます煽ることに。
投げ飛ばされた男は、傾斜した低い庇の上を転がって地面に落下し、砂煙を巻き上げた。
ギルはふっと笑った。
「あいつ余裕だな、片手しか使わないとは。」
だが見ているうち、ギルはおかしいことに気付き始める。リューイの動きが、度々不自然に鈍ることがあるということに。とはいえ、これは彼という人間を知っていて、相手の動きを瞬時に見極められる感覚を鍛えてきた者にしか分からないだろう。それほどリューイの動きは、下にいる野次馬たちから見ればキレがよかった。
ギルはエミリオの顔をうかがった。エミリオもちょうどギルの方を向いたところだ。その表情に、ギルはエミリオも気付いたのだと悟った。
ギルは再びリューイに目を向けた。
「使えないのか・・・?」
その巨体の男を投げ飛ばしたあと、リューイはまたニヤリと笑った。その表情に、不良たちはゾッとした。リューイが懐に手を忍ばせると、皮製の財布が現れた。男を放り投げた時、男の上着の内ポケットから滑り出したそれを、リューイはもう片手でサッと受け取っていたのである。
「これが〝掏る(スリ)〟ってやつか。」リューイは用心棒の男に財布を見せ、男がうなずいたので投げて渡した。「これで証拠は挙がったな。」
リューイがそう振り向くと同時に、騒ぎが起こった。




