町の不良と無謀なヒーロー
町の中央を流れるランルーヴ河川が、トリーゴの新市街と、スカーベラの旧市街とを二分している。昔ながらの暮らしが今も息づくスカーベラの街。そこでは、色とりどりの積み木のような家並みと、丘の上の風車を見ることができた。
キースを先に神殿のある森へ帰らせたリューイは、二つの町をつないでいる屋根付き橋を渡って、仲間との落ち合い場所へ向かっていた。一度来ている町なので分かると言って一人行動をしたがったリューイだったが、今は少し後悔していた。いったいぜんたい、ここはどこだ・・・? そう悩みながら、度々頭をかく羽目に。
えっと・・・白馬亭って、行ったことあったっけ?
そうして、きょろきょろしながら歩いていると、やがて人だかりに出くわした。向こうが何やら騒がしい。二、三歩近寄ってリューイは顔をしかめた。そこから、少女の悲鳴が聞こえたからだ。
リューイは小走りに駆けて行った。
人垣の上から覗いてみると、いかにも性悪そうな連中四人に、一人のスラリとした中年男性が、こてんぱんに叩きのめされている。その人だかりの輪の中には、ほかに、成す術なく口に手を当てて見守っている二人の女性がいた。どちらも若い娘だったが、明らかに身分の違う服装なので一人は侍女だろう。
誰の目にも分かる高価そうな着衣のもう一人は、自分とそう変わらない年齢のように、リューイには見えた。そして、今はボロボロの殴られている男の身なりはどうやら制服であるようなので、彼女の用心棒に違いない。いちおうは。
リューイは気になり、身をよじらせながらもっと近くへ行ってみた。
その時、用心棒らしいその男の顎に、相手の拳が思いきり入った。
男はたたらを踏んで後ろへよろめき、人垣に倒れかけたところを、誰かに後ろから支えられた。背後から脇を引き上げるように支えてくれたその人に、男はか細い声でひと言かたじけないと言った。顔は殴られて腫れあがり、疲れ果てていて、その人の顔を見る余裕は無かった。そのあいだにも、相手が指の関節を鳴らしながら、また近づいてくる。それを見た男は、なおも立ち向かおうと足に力を込めた。
すると、「もうよせ。」と、背後から止められた。
男がやっとのこと肩越しに見上げると、自分をしっかりと支えてくれていたその人は、見たことも無い金髪碧眼の美青年である。
相手がすぐそこまで迫ってきた。目には重たげな瞼がかぶさり、陰険な感じがする町の不良だ。その不良は金髪青年の前・・・ヘロヘロになった男のところに来るなり、もう一発パンチをお見舞いしようと腕を後ろへ引いた。
ところが、その腕はサッとひねり上げられた。いきなり阻止してきたのは、もはや弱りきった男の後ろにいる金髪青年である。
「しつけえぞ、お前も。」
青年は粗野な口調で言い放った。
誰もが唖然とした。今のは、この青年が言ったのか・・・? と、野次馬たちは耳を疑う。
「もういいだろ。何だか知らないけど。」
青年は言いながら、男の腕を投げ捨てるように解放した。
「きさまはこいつの何なんだ。」
「何でもない。」
「じゃあ、おとなしくすっこんでろ。」
「そうはいかねえ。」
その青年・・・リューイが断固として渡さずにいると、お次は、顎に傷のある男が身を乗りだした。ぞっとするような恐ろしい顔つきの男だ。だがそんなもの、リューイは少しも気にならないし、どんな凶悪そうな人相だろうが、ただの個性以外の何でも無かった。それに、たった今、もっとおっかないものと顔をつき合わせてきたばかりなのである。それと比べれば、こいつの方がずっとまともだ。
「兄ちゃん、言っておくが、俺たちはそいつに侮辱されたんだぜ。それを償ってもらっているだけさ。」
男はニヤニヤ笑いを浮かべてそう言った。
「嘘です!」怯えきっていたはずの侍女が思わず叫んだ。それから彼女は、おどおどしながらリューイに告げた。「財布を掏られたんです、その人たちに。でも、返していただけなくて。」
掏られた・・・という言葉の意味はよく分からなかったが、返してもらえない・・・ということで、だいたい理解できた。
それでリューイは、支えている男に肩を貸してやり、彼を彼女たちのところまで連れていってやった。
そして、相手の不良に向き直る。
「なるほど、あんたら盗人か。」
「いいがかりだ。」
「返してやれよ。」
「知らねえな。」
人々は、ひやひやして見ていた。今にも爆発しそうな切迫した空気にも気づかずに、この青年はひょうひょうと喋っている・・・そう見えた。
リューイは首をめぐらした。
「四人・・・か。なるほど、強気になれるわけだ。」
そう挑発されたとたん、男の顔から笑みが消えた。
「兄ちゃん、それだけ言えりゃあ、代わりに相手になるってことだろうな。」
「そういう意味になるなら、それでもいいよ。」
「は、上等だ。その綺麗な顔には飽きたらしいぜ。変えて欲しいってよ。」と、男は仲間を振り返った。
下品な笑い声が上がった。
「俺の顔・・・? ああなるほど、それってお前のパンチを食らうってことか。」
そう納得して、リューイはニヤっと笑った。
「無理だ。たった四人じゃあ。」
人々は、まさにさし迫った危機を感じ取った。凍りついたような一瞬。もう、ただでは済まない・・・。
「ふん、そこまで強がれりゃあ立派なもんだ。」
男はほくそ笑み、仲間の一人に目配せをした。
「口が利けなくしてやれ。」
わめき声がした。大袈裟な雄叫びを上げ、ずんぐり太った男が金髪青年に飛びかかる。
善悪ははっきりしていた。だが人垣を築いている者たちは、誰も何もできずに見ているばかり。なにしろ、この辺りで幅を利かせている不良グループに対して、いくらなんでも分が悪い。どう考えても無謀・・・いや ―― 。
青年の動きを見た群衆は、あっと口を開けて一斉に目をみはった。




