自覚なき救世主
イヴには一目瞭然だった。その人のオーラが見えるからだ。まさに、神に選ばれるにふさわしい美貌の青年。
そして、急いで駆け寄ってくるカイルの姿。
「イヴ、見て、凄いんだよ!」
嬉しそうに頭上で手を振りながらやってきたカイルは、息を切らせながらすっかり興奮して告げた。
「みんな仲間なんだ。」と。
「仲間・・・って?」
「アルタクティスだよ。」
イヴの頭の中は、いよいよ混乱をきたした。だが、カイルの言葉を落ち着いて理解しようとすると、あることにたどり着いてレッドを見上げる。
「え・・・みんな・・・って?」
レッドは硬い表情でイヴの目を見つめ返しながら、ズボンのポケットに手を入れて、取り出したものを手のひらに載せた。
人から人へと渡ってきたその飴色の宝石は、ついに行き着いた正しい居場所で存分に輝いている。
「この石は、俺が尊敬している人が、息を引き取る寸前にくれたものだ。だが、どういうわけか、本来は俺が持つべきものらしい。」
「精霊石・・・それは、大地の・・・。」
「俺も、そのうちの一人だそうだ。」
二人はこのやり取りによって、互いにカイルからそれについての詳しい話をされていることを理解した。二人にとってこの展開は、神のお導きか運命の悪戯か、どちらとも言えた。少なくとも、今のレッドにとっては喜べるものではなかった。
互いに顔を見合ったまま、何を言ったらよいのか分からなくなっているところへ、ようやくほかの仲間たちもやってきた。
そしてまず、ギルがいつもの気さくな笑みで手を差し伸べ、挨拶をした。
心境は複雑ながら、イヴは愛想よくその手を取った。
「彼はスピラシャウアだよ。」
「そのたいそうな名前で呼ぶのは、頼むから止めてくれ。」
やれやれと息を吐き出たギルは、いきなり指笛を吹いたあと、籠手をはめた。
すると、彼らの頭上から大きな鷹が舞い降りてきて、すみやかにそこに落ち着いた。よく躾けられているギルの愛鳥、フィクサーである。
「俺の石は、こいつの首輪にあるこれが、そうなんだそうだ。」
ギルは、月の女神の精霊石と教えられたそれを、指差してみせた。依然としてアルタクティス伝説とやらを半信半疑に思いながらも、スピラシャウアと言われて、気を利かせたのである。
そのギルの傍らでは、レッドとイヴの仲を見て、シャナイアが驚いた顔をしていた。だが、「恋人いたんだ・・・。」と呟いただけで、いつものようにからかいはしなかった。二人は、別れたもと恋人同士でありそうというだけでなく、その事情が、レッドを多少は知っているだけに、なんとなく深刻そうな気もしたから。
シャナイアは彼女に笑顔を向け、手首にある太陽神アルスランサーの精霊石を見せた。
「私のは、このブレスレットの宝石。これがそうなんだって。私はシャナイアよ。」
それにリューイが続いた。リューイのものは海神ネプルスオークの青い精霊石である。
「俺のは、これなんだと。」
次にエミリオも進み出て名乗ったあとで、剣の鍔の真ん中にある風神オルセイディウスの精霊石が見えるようにして言った。
「私のものは、どうやらこれらしいんだが・・・。」
カイルは手のひらで顔を覆った。
「みんな、どうしてそう自覚に欠ける言い方するかなあ。嘘だと思われるだろお・・・。」
そんな彼ら一人一人に視線を定めていたイヴだったが、この展開には何も声が出てこなかった。やはり気になるのはレッドのことだ。
「それと、あともう一人・・・あれ?ミー・・・」
カイルはきょろきょろした。背後に目をやると、キースとじゃれ合っているミーアは少年たちに囲まれている。
「ねえ、そ、それって・・・ヒョウだよね? 怖くないの?」
アレックがへっぴり腰できいている。
「ヒョウ? これはキースよ。私のお友達。」
ミーアはそう答えて、にこっと笑った。
「触っても・・・平気?」
今度はティムが震える声できく。
「うん、ほら・・・ね?」
ミーアはその野生の猛獣に頬ずりをしてみせた。すると、キースは人懐っこいただの猫のようにミーアの頬をペロペロと舐めたのである。
「うわあ、凄い、凄い!」
たちまち歓声をあげた少年たちは、興味津々でキースの背中や脇腹をなで始めた。
そんな様子を見つめながら、カイルの次の言葉を悟って、イヴはさらに信じられないといった顔を向ける。
「まさか・・・あの子も・・・。」
「そう、イクシローザ。」
イヴの心境をよそに、カイルは得意げに光の神の名を口にした。
事態を受け入れようと気持ちがあがいているうちに、事態はどんどん進んでいく。イヴの頭の中はとうとう真っ白になってしまった。
「あいつはミーア。石は腕のリングにしてる。俺が今一番・・・大切にしてやらないといけない子だ。分かると思うが、俺の隠し子ってわけじゃないからな。ただ預かってる子だ。」と、レッド。
「ちょっと待って、なんだか頭が混乱して・・・。とにかく、神殿で待っていてもらえるかしら。私はまだ務めが残ってるから。カイル、エマカトラ様に報告しておいてくれる?ちょうど、テオおじさまも来る予定なの。」
「おじいさん、僕たちが帰って来ることを予知してたのかな・・・。」
「え、お兄ちゃんたち、もう行っちゃうの? つまんないよ。」
ヴァルがレッドの上着を引っ張ってぼやいた。
「悪いな。その代わり、あとで一人ずつ稽古相手つけてやる。俺の友達はみんな恐ろしく強いから覚悟しろ。」そう言って、レッドはヴァルの頭に手を置いた。それから仲間たちを振り返り、「いいだろ?」と、肩をすくめてみせながら苦笑する。
「喜んで。」
エミリオが快くうなずいた。
「一、ニ、三・・・五人ってことは、あなた私も数えたわね。いいけど・・・。」と、シャナイア。
「この無様な格好じゃあ、恐ろしく強いようには見えないだろうけど。」
ギルが着衣の胸元に手をやって肩を落としてみせ、そしてリューイは、しばらくうーん・・・と唸り声をもらして、困ったように眉根を寄せていた。
「俺は剣使えねえぞ・・・?」




